多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。
相手の話に「わかるわかる!」と言ってはならない
「傾聴」の目的や効果として、多くの人に知られているのが「ラポール」です。
もともとはフランス語が語源で、「調和した関係」という意味から、話し手と聴き手の間の「信頼関係」を築くことを表します。方法としては、相手のリズムに合わせる「ペーシング」や、オウム返しの「伝え返し」、そして相手との共通点を探し話題にする、ドン・バーンとドン・ネルソンによる「類似性の法則」などが広く知られています。
だからでしょうか、多くの人が話し手との共通点を作ろうとして、「わかるわかる! 私も同じ経験をしたよ!」と伝えたがっているように思われます。しかし、それが話し手の唯一無比の「独自経験」を、パターンにあてはめる「一般化」をすることであって、むしろコミュニケーションを阻害することになります。
「対話」をぶち壊しにする一言とは?
例えば、次のようなやりとりです。
話し手「今年で、営業の仕事も3年が過ぎ4年目になります。最近、ちょっとモチベーションが下がり気味なので、もうちょっとネジを巻き直したいな、と思っています」
聴き手「わかるわかる! それはマンネリだね。3年もやると慣れて飽きてくる。私もそうでしたよ」
このように、「営業の仕事も3年が過ぎ4年目になり、ちょっとモチベーションが下がり気味」という話し手の言葉の「真意」を確認することなく、聴き手が勝手に「マンネリ」「慣れ」「飽き」という、ある種の「パターン」に当てはめてしまうことを「一般化」と言います。話し手独自の個別的な「体験」であるにもかかわらず、「パターン」や「慣用句」などにグルーピングすることで、その他大勢と同じ「一般的な体験」として決めつけてしまっているわけです。
もしかすると、話し手のモチベーションが下がっている理由は、「以前はお客さんの満足だけを考えていればよかったが、最近は後輩の育成も求められて……正直、そこにはあまりやりがいを感じられない」のかもしれませんし、「営業の成績がそれなりに残せたので、上司から頼りにされるようになったが、本当は私はエンジニアになりたかった。でも人事から『まずは営業を体験することが近道』と説得され、それならば、と引き受けたのだが、このままずっと営業を続けるのであれば、転職も視野に入れなければ……」と考えているのかもしれません。にもかかわらず、聴き手が勝手に「マンネリ」などと一般化しているようでは、まともなコミュニケーションに発展しないのは当然のことでしょう。
要するに、「部下の真意」などわかりもしないのに、「知ったかぶり」をしてはいけないということ。「知ったかぶり」をする上司は、必然的に部下との関係性を損ね、最終的には組織・チームを台無しにする運命にあると言っても過言ではないのです。
“Not Knouwing”という大原則
このような愚かことをしないためには、どうすればいいのでしょうか?
近年、カウンセリングの流派の一つである「ブリーフセラピー」において大切にされている考え方が、“Not Knowing”(私は相手のことを何も知らない)という聴き手側の姿勢です。まさに「わかるわかる!」と正反対ですね。
多くの上司は、「自分は、部下のことをよく知っている」と勘違いしていますが、だからこそ、「それはマンネリだ」「飽きてるから」などと勝手に決めつけてしまうのです。
しかし、それは事実ではありません。あくまでも上司の側から見た印象であり意見にすぎないのです。そのような姿勢で「傾聴」しても話し手、聴き手ともに得ることはありません。むしろ、部下の「真意」を確認もせず、上司が一方的に「マンネリ」などと決めつけたうえで、“上から目線”でアドバイスをするようなことをすれば、部下はバカバカしくて話を聞いてもくれないでしょう。だからこそ、「上司は部下のことを何も知らない」という“Not Knowing”の姿勢で聴くことが大事なのです。
フロイトの過ち
ジークムント・フロイトが基礎を築いた現代臨床心理学の黎明期においては、聴き手であるカウンセラーだけが教育を受けた”専門家”であり、相談をする話し手は”知識のない素人”として扱われました。そのため、話し手が話した内容を、カウンセラーが専門知識に基づいて解釈し、それを患者である話し手に教育するのが基本的なスタイルでした。
しかし、それでは治療的効果が低いことがわかってきました。そして現代のカウンセリングの基本は、古いスタイルの真逆となりました。
つまり、解決法は患者である話し手だけが知っている。ただ何らかの心の働きで、その「解決法」に気づくことが妨げられているだけ。そして、カウンセラーは何も患者のことをわかっていない。だから、カウンセラーは、患者が自分自身の力で自分の内側にある「解決法」に到達できるよう、「少しだけ側面援助をする」という姿勢が効果的であると知られてきたのです。
「無知の姿勢」が深い傾聴を生み出す
上司と部下の関係もこれと同じです。
上司が知っているのは「かつて」「自分がやって」うまくいった方法だけです。それと同じ方法を「今」「部下がやって」うまくいくとは限らない。
それに、上司と部下では「性格」も「生まれ」も「育ち」も「能力」も「対人関係の築き方」もすべて異なりますから、上司が部下に「解決策」を与えることなど原理的に不可能なのです。だからこそ、部下にとってのベストな方法を「私は何も知らない」という「無知の姿勢」でいていただきたいのです。
そして、部下にとってうまくいく方法を、部下と一緒に探して、部下と一緒にオーダーメイドで作り上げていくのです。上司は部下のことを何一つ知らないのですから。「私は部下のことを何も知らない」という姿勢を貫きながら、部下と一緒に考えることこそが「傾聴」なのです。
(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。