60年かけて、自分が素敵に見えるヒールの高さを見つけた

 おばあさまは、自分に合い、自分が素敵に見えるヒールの高さを長年発掘してきたと言うのです。そしてそれを見つけるのに60年かかったと言うのです。エレベーターに一人、取り残された私は、なんだか背筋を正された思いでした。

 当時の私は20代後半。自分のルックスが定まらず、試行錯誤を繰り返していた時です。この頃の写真を見ると、かなり一貫性のない格好をしています。服に着られてしまっていたり、ちっとも似合っていなかったり、あまりサマになっていません。豪華な陶器に盛られて肩身が狭そうな惣菜や、反対に粗末なお皿にのせられてあまりパッとしないご馳走のように、なんだかチグハグなのです。

 自分らしいスタイルがなかなか見つからず、焦りを感じていた私ですが、5センチのヒールのおかげで大事なことを見落としていたことに気が付きました。それは、私がこの歳で「サマになっていない」のは、ある意味、当たり前だということです。

 おばあさまが「サマになる」ヒールを見つけたのは60歳を過ぎてから。つまり、60になるまで、いえ90になるまで、いろいろ試してみたっていいということです。ゆるりと一年一年、試行錯誤を繰り返しながら、自分という軸を確立していけばよいのです。

パリジェンヌは「年齢を重ねても美しい」のではなく、「年齢を重ねるからこそ美しい」

 そう思うと、歳をとるのが嫌なことではなく、私だけの密かな楽しみのような気さえしてくるのでした。

「五十にして天命を知る」と言ったのは孔子ですが、5センチのヒールのおばあさまは、「六十にして我を知る」と言い放った強者なのです。

 もう一つ、おばあさまが教えてくれた大切なこと。それは、パリジェンヌは「年齢を重ねても美しい」のではなく、「年齢を重ねるからこそ美しい」ということです。それは「老けると劣化する」という私の先入観を根本から覆してしまうような、世紀の大発見でした。

 職場でも、とりわけ目を引くのは年配のパリジェンヌです。「あっ、素敵だな」と皆が振り返るのは例外なく、若い「マドモワゼル」ではなく、「マダム」と言われる年代の女性なのです。

 そんなマダム達は、決して「おばさんっぽい」服を着ることがありません。ハイヒールでも、ミニスカートでも、胸元を大きく見せる服でも、自分が良しとしたモノは平気で着ます。そして妥協することなく、自分が心地よいと思うことができる形、色、そして素材を選び、自分に合うモノを追い求め続けています。幾つになっても「年相応」の服ではなく、「自分相応」の服を貫いているのです。

 自分らしい生き方を貫く勇気と気概。そんなことを教えてくれたおばあさまは今日もサングラスをつけ、ヒールを履き、近所のパン屋さんにバゲットを買いに行きます。

※本稿は『パリジェンヌはすっぴんがお好き』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。