地図がなくても
不安ではない

「あの頃にくらべれば――」
 と、自分を励ますことで耐えられたのだ。(平凡社『新・地図のない旅III』より)

――五木先生は携帯を持ち歩かないそうですね。今時は移動の際にスマホでマップ検索をするのが当たり前になっていますが、先生はどこか初めての場所に出かける時に、地図なしで不安になったりしませんか?

五木 いやもう、僕なんかは自由気ままにどこでも動き回ってますから。目的地の手前で途中下車ってのもよくしました。

――地図のない、ぶらり旅ですね。

五木 先ほども少しお話しましたけれど、脱北の際は、平壌から開城(ケソン)を抜け38度線を超えて、米軍の難民キャンプへたどり着くわけだ。これなんかもう、ほとんど移動は夜ですから、地図もあてにならない。

 米軍の難民キャンプからトラックで運ばれて、どこに行くんだろうと思ったら、着いた先は仁川(インチョン)。そこで米軍の上陸用舟艇に乗せられて博多まで向かう。もうね、どこへ行くとか、何日かかるとか、全然わからないわけですよ。それと比べたら、予定のないところへ行くってのは、なんてことはないです。

――脱北の時の体験と比べたら、怖くはないと。

五木 怖いなんてことはない。なんとかなる。海外に行った時もだいたいほっつき歩いてます。僕はデビュー作『さらばモスクワ愚連隊』に、モスクワ旅行で体験したことを書いているんだけれど、それを読んだロシア文学者の大学教授は「えーっ僕なんか何十ぺんとなくモスクワ行ってるけど、モスクワに競馬場があるなんて知らなかった!」なんて言って驚いていました。

五木寛之『新・地図のない旅 I~III』書影五木寛之『新・地図のない旅 I~III』(平凡社)

 専門家の人たちはみんな、モスクワ大学とか世界遺産のクレムリンに行くんだけどね。僕はガイドブックなんて持っていないし、そんなこと調べて行ったわけじゃないんです。勝手にこう、どんどん歩いていると、変な門に人がぞろぞろ吸い込まれていってて、 「どうもこれ競馬場らしいぞ」と周りから聞こえて入っていったという。

――行き当たりばったりというか、フラリと未知の場所に飛び込むのも旅の醍醐味ですね。

五木 でも、相当勇気はいりますよ。管理された旅行をしない人間に対しては、向こうの警察は厳しく取り締まりますからね。5月革命のときのパリみたいに、騒乱の巷に身を挺して入り込んでいくときは、現地の人たちと同じようにジーパンみたいなラフな格好してるとパクられちゃう。

 だからボストンバッグを提げて、ネクタイを締めて、ビシッとした格好をして「いかにも善良な市民です」「よそ者が紛れ込んじゃいました」って、被害者面してないとダメだ。そうそう、もちろん靴をピカピカに磨く事も忘れちゃいけないね。

 昨年刊行された『新・地図のない旅I~III』(平凡社)は、地方紙の連載をまとめたエッセイ集。人生百年時代を生きるヒントが詰まった一冊をぜひ手にとってみてはいかがだろうか。