多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。
「表面的な会話」と「深い会話」の違いとは?
上司が部下の不満を聴く――。
「1on1」などで傾聴するときに、これは非常に重要な局面です。しかし、せっかく部下が「本音」を語ろうとしてくれたにもかかわらず、それを十分に掘り下げることができずに、表面的な話に終始してしまうケースが多いのではないでしょうか? なぜそうなるのか? 「1on1」における同じ場面を想定した、次の二つの会話を比較しながら考えてみましょう。
(1)概要を要約したレポート
上司「がっかりしたんですね。なぜですか?」
部下「会社が社員を大切にしていない(レポート)ので、がっかりしたんです」
上司「そうだったんですね……」
(2)ハイライトの短い場面を映像化したエピソード
上司「がっかりしたんですね。最もがっかりしたのは誰のどの一言でしょうか?」
部下「先週月曜のチームミーティングで、課長がこう言ったんです。『おまえの替えはいくらでもいるんだぞ』(エピソード)と。もうついていけません……」
上司「それはショックですね……。聴いていて私まで悲しくなってきました」
同じことについて話しているのに、話の深さには歴然とした違いがあります。ポイントは、部下が話した赤字の部分。(1)は、部下が「がっかり」した理由を要約した記述(レポート)になっていますが、(2)は、「がっかり」した瞬間を映像化した描写(エピソード)になっています。
(1)のように「要約(レポート)」を聴いても、解像度が低くぼんやりしていて、部下の「がっかりした気持ち」がまったく伝わってきません。だから、話が深まらないのです。
一方、(2)のように、「瞬間の映像的描写(エピソード)」を聴くと、解像度高くクッキリと場面が浮かびます。「替えはいくらでもいるんだぞ」という言葉の生々しさが伝わり、部下はその時の感情をまざまざと思い出し、上司もそれを追体験することができます。つまり、「本物の共感」をすることができるのです。これこそが、「傾聴」なのです。
「なぜ?」と聞いてはいけない理由
レポートは「要約」ですから「左脳(思考)」が働きます。
エピソードは「一瞬の映像」ですから「右脳(感情)」が働きます。
そして、この二つは同時に働くことはできません。左脳を使っている時に右脳は止まります。その逆も同じこと。「傾聴」とは、相手の「本当の気持ち=感情」を聴くことですから、そのためには話し手の右脳を働かせ、左脳を止めることが大切です。
そのためには、「なぜ?」と聴いてはいけません。なぜなら、聴き手が「なぜ?」と尋ねると、話し手は「左脳(思考)」で原因分析を始め、「右脳(感情)」が止まり、急速に感情が冷めていってしまうからです。そして、感情のこもらない「要約(レポート)」を口にするのです。上記(1)の会話においても、上司が「なぜですか?」と聞いたからこそ、「会社が社員を大切にしていない(レポート)ので、がっかりしたんです」という答えが返ってきたわけです。
「重要な一瞬」を切り取る
ですから、聴き手は「なぜ?」と問うてはいけません。それよりも、話し手にとって重要な一瞬(3秒から3分の短い瞬間)を切り取った上で、その具体的な映像が浮かぶような質問をするべきなのです。そこでおすすめなのが、上記(2)の会話で、上司が「最もがっかりしたのは誰のどの一言でしょうか?」と尋ねているように、「最も」という言葉で重要な一瞬を切り取るような質問です。例えば、次のような感じです。
「最も○○(感情)を感じたのはいつどこでしたか?」
「最も○○を感じた場面やエピソードを教えてください」
このように質問をすることで、相手はエピソードを語りやすくなり、その結果、生々しい感情も表現されるようになります。そのとき、質の高い「傾聴」が実現するのです。(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。