実際、私の友人たちが「身につまされた」と語っていたのは、麦と絹の恋人関係そのものよりも、麦の読書に対する姿勢だった。「働き始めた麦が本を読めなくなって、『パズドラ』(「パズル&ドラゴンズ」の略称。大ヒットしたゲームアプリ)を虚無の表情でやっていたシーン、まじで『自分か?』と思った」と友人たちは幾度も語った。働き始めると本が読めなくなるのは、どうやら映画の世界にとどまらない話らしい。

 私は、この作品を観たとき映画としての作劇や演技の完成度に感嘆しながらも、こう感じた。この映画がヒットした背景には「『労働と読書の両立』というテーマが、現代の私たちにとって、想像以上に切実なものである」という感覚が存在しているからではないだろうか?と。

読書は娯楽ではなくなった?
速読本が売れる理由とは

 実際、映画で描かれていたとおり、現実においても人々は「労働」と「読書」の間で悩んでいる。それを象徴するのがAmazonの「読書法」ランキングだ。

 この分野の売れ筋ランキングを覗いてみると、『独学大全―絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』(読書猿、ダイヤモンド社、2020年)、『忘れる読書』(落合陽一、PHP新書、2022年)、『瞬読―1冊3分で読めて、99%忘れない読書術』(山中恵美子、SBクリエイティブ、2018年)など、さまざまな読書法や学習法の書籍が並んでいる。現代の読書法には、読書を娯楽として楽しむことよりも、情報処理スキルを上げることが求められているのだ。それがよく分かるタイトルの並びではないだろうか。

 たしかに私が書店に行っても、速読本はいつでも人気で、「東大」や「ハーバード大学」を冠した読書術本が棚に並び、ビジネスに「使える」読書術が注目されている。「速読法」や「仕事に役立つ読書法」をはじめとして、速く効率の良い情報処理技術が読書術として求められている。それは多くの人が「労働と読書の両立」を求める結果ではないだろうか。

 2022年に集英社新書から『ファスト教養―10分で答えが欲しい人たち』(レジー)が刊行されたが、「ファスト教養」が求められる背後にもまた、現代の労働をとりまく環境が影響していることが指摘されている。『花束みたいな恋をした』に象徴的であるように、娯楽としての読書の変化は、労働の在り方が変化していることに明らかに影響を受けている。