自分以外の誰もがセリフを
覚えていることに驚いた

 では俳優としての坂本龍一はどうだったか?本人はこう語っている。

 台本をもらって読んでも、そんなに大事とはとらえていませんでした。なにしろ映画作りのイロハのイも知らない素人なので、なにも怖くない。(『『戦場のメリークリスマス』知られざる真実』)

 ラロトンガに向かう前に日本軍兵士の役者を集めた「軍事教練」も行われた。撮影監督の成島東一郎が「教官」を務め、兵隊の格好をしての匍匐前進や旧日本軍風の行進の練習をし、本物さながらの厳しさだったという。もちろん坂本龍一も参加した。

 役作りというか、役者って大変なんだとわかったのはロケでラロトンガに行って、撮影現場に入ってからですね。まず、役者ってセリフを憶えなきゃいけないんだ!ということを知って驚愕したんですね。ぼく以外はみんなセリフを憶えてるの!って(笑)。(同前)

 こんな発言からもわかるように、彼はこの映画の撮影を、終始一貫リラックスして、ヨノイを演じるというよりも彼自身のままで過ごした。それこそが大島渚の求めるものだったのだから、何ら問題はなかった。『戦場のメリークリスマス』をあらためて観てみると、俳優としての隠された才能を発揮したたけしに対して、坂本龍一の場合、演技にかんしてはズブの素人であったことが、かえって魅力に転化している。ちょっと舌足らずに聞こえる独特の滑舌は、ラジオやMCでの彼そのままである。ひとつだけ大きな違いがあるとすれば、映画の彼はけっして笑みを見せないということだろう。