後ろ姿写真はイメージです Photo:PIXTA

昨今、職場において、性の多様性という課題に直面するケースが増えている。例えば、生物学的な性別が男性で心の性が女性である従業員が、職場で女性用トイレの使用を希望した場合、企業や自治体はどのように対応すべきか。果たして裁判所の判断は?※本稿は、中村博弁護士監修『労務トラブルから会社を守れ!労務専門弁護士軍団が指南!実例に学ぶ雇用リスク対策18』(白秋社 刊)のうち、野澤航介弁護士執筆分の一部を抜粋・編集したものです。

女性ホルモン投与を受けている
性同一性障害の男性

【事件の概要】

 Aは、生物学的な性別は男性であるが、幼少の頃からこのことに強い違和感を抱いていた。Aは、平成10年頃から女性ホルモンの投与を受けるようになり、同11年頃には性同一性障害である旨の医師の診断を受け、平成20年頃からは女性として私生活を送るようになった。また、平成22 年3月頃までには、血液中における男性ホルモンの量が同年代の男性の基準値の下限を大きく下回っており、性衝動に基づく性暴力の可能性が低いと判断される旨の医師の診断を受けていた。なお、Aは、健康上の理由から性別適合手術を受けていない。

 さらに、Aは、平成23年に家庭裁判所の許可を得て、名を変更し、同年6月からは職場においてその名を使用するようになっていた。

男性職員のカミングアウト後
女性用トイレ使用に不安の声

 Aは、国家公務員として某省庁に勤務している。Aは平成16年5月以降、某省庁の同一の部署で執務をしてきたが、当該部署の執務室がある庁舎には男女別のトイレが各階に3か所ずつ設置されている。なお、男女共用の多目的トイレは、当該部署の執務室がある階には設置されていないが、他の複数の階に設置されている。

 Aは、平成21年7月、上司に対し、自らの性同一性障害についてカミングアウトを行い、同年10月、某省庁の担当職員に対し、女性の服装での勤務や女性用トイレの使用等についての要望を伝えた。

 これらを受け、平成22年7月14日、某省庁では、Aの了承を得て、Aが執務する部署の職員に対し、Aの性同一性障害について説明する会が開催された。担当職員は、同説明会の後、Aが退席したのちに、Aが女性用トイレを使用することについて意見を求めたところ、数名の女性職員がその態度から違和感を抱いているように見えた。これらを踏まえ、某省庁においては、Aに対し、Aの執務室がある階とその上下の階の女性用トイレの使用を認めず、それ以外の階の女性用トイレの使用を認める旨の処遇を実施することとした。

 Aは、上記説明会の翌週から、女性の服装等で勤務し、Aの執務室から2階離れた階の女性用トイレを使用するようになった。なお、Aが女性用トイレを使用するようになってから、それにより他の職員との間でトラブルが生じたことはない。