また、このような研修は、社内の職場環境を整えるだけでなく、市場規模約6兆円とも試算されるSOGI関連市場において、商品開発のアイディアに活かされたり、顧客に対するサービスや態度に表れたりと副次的な効果も期待できます。

3. 実際にトイレ使用を希望する従業員がいる場合の対応

 性的マイノリティーの人々に、異性用トイレの使用を認めるべきかどうかは、個々の事案に応じて具体的に判断されなければなりません。その際に、考慮要素となるのは、性別移行の進展度、周囲の者の理解度、他の者の利用頻度、トイレの構造、生理現象の緊急性、他のトイレの使用可能性などです。職場内での理解が得られており、本人にカミングアウトする意思が見られるならば、異性用トイレの使用を認めることが好ましいといえます。

 ただし、過剰に配慮したことでかえって取引先や同僚との関係をこじらせたとあれば、本人も傷心するでしょうから、取引先との関係や職場内での同僚との関係にも留意しながら慎重に対応することが必要となります。

 各論的なことをいえば、この中で、特に、外見上他人に不安感を生じさせるのか否かは重要なファクターになるように思われます。周りの者が不安感を覚えることがなければ、異性用トイレの使用を禁ずべき理由がないからです。また、性別移行が進んでいない場合には、異性用トイレの利用には周りの人の理解を必要とします。すなわち、自らが性同一性障害である旨を説明しなければならないからです。

 このとき、他者の理解が得られなかった場合には、異性用トイレの利用は認められにくい事情となります。他方で、同じトイレを利用する可能性がある者全員の同意が必要であるとまではいえないようにも思われ、社内の当事者同士で相互理解を深めることが非常に重要です。

 なお、多目的トイレなど代替手段があるならば、必要最低限の保障は受けているとも考えられますが、多目的トイレが離れた場所にあり、緊急を要する場合も想定できるので、多目的トイレがあることが絶対的な基準となるわけではありません。

 逆に、多目的トイレがあれば、性同一性障害者が異性用トイレを利用することに反対する者自身も、多目的トイレを利用することができます。その意味では、他者にとっても代替手段があるということです。このようにトイレ問題は、個別的・具体的な事情に応じて柔軟に対処すべきであり、専門家の指示を仰ぐことも必要でしょう。

監修/中村博(なかむら・ひろし)
弁護士。東京弁護士会所属。新霞が関綜合法律事務所パートナー弁護士。中央大学法学部卒業。会社法務全般(渉外案件を除く)、特に人事・労働案件(使用者側・労働者側ともに)を中心に幅広く取り扱う。著書に、『メンタルヘルスの法律問題――企業対応の実務』(青林書院 ロア・ユナイテッド法律事務所編)、『アルバイト・パートのトラブル相談Q&A』(民事法研究会 岩出 誠、ロア・ユナイテッド法律事務所編)など。立正大学心理学部非常勤講師(法学担当)、東京都港区教育委員会委員、公益財団法人日本レスリング協会理事。