手錠をかけられた手写真はイメージです Photo:PIXTA

近年温暖化の影響で毎年日本への再侵入を繰り返し、2020年には九州本土で初めて繁殖が確認された特殊害虫「ミカンコミバエ」。我が国と害虫ミバエ類との格闘の歴史は長く、それを語るうえで欠かせないのが生態学者・伊藤嘉昭氏だ。獄中にいながら不屈の精神で研究に心血を注いだ彼の生き様に迫る。※本稿は、宮竹貴久『特殊害虫から日本を救え』(集英社新書)の一部を抜粋・編集したものです。

特殊害虫ミカンコミバエの
脅威が迫っている

 2020年、九州で柑橘類の世界的な大害虫、ミカンコミバエのオス成虫が162匹も見つかった。侵略的な特殊害虫の再来である。このハエにはオスのみを強力に誘引する剤があり、剤を入れたトラップ(以後、罠と呼ぶ)が全国の各都道府県に仕掛けられている。罠にかかった162匹のうち、目を引いたのは鹿児島の150匹である。

 この年、鹿児島県は、果実から幼虫が発見されたことを県のウェブサイトで公表した。これはつまり、九州でミカンコミバエの繁殖を許したことを意味する。ミカンコミバエが九州本土で繁殖したのは、はじめてである。

 鹿児島県はミカンコミバエのオスを強力に誘引するメチルオイゲノールと呼ばれる剤と、殺虫剤をしみ込ませた約45ミリ四方の「テックス板(誘殺板)」と呼ばれる板を、ヘリコプターから散布することに踏み切った。

ミカンコミバエのメスとオス同書より転載

 テックス板とは、南西諸島に旅行された方は、家々の庭先で4.5センチ四方の茶色い板が樹木から吊り下げられているのを見たことがある方もいるかもしれないが、ミバエ類を早期に発見し、根絶するために有効なサトウキビ等の粗繊維を固めた板で、今にいたるまでミバエ類のオスを取り除くために使われている。

 メチルオイゲノールの誘引力は半端ではない。周辺にいるすべてのオスが誘引され、少量の殺虫剤を混ぜた板を舐めたオスはすべて死ぬ。オスが消えると、メスは子どもを残せないので、その種は根絶にいたる。

 この「オスを消す技術」によって、早期発見と初動防除を誤らなければ、ミカンコミバエはたとえ再侵入しても、その年のうちに根絶できる。実際、これまで九州本土では再侵入の都度、根絶できていた。

 しかしわが国に迫るその危機は増えつつあり、ここ数年、ミカンコミバエは毎年、日本への再侵入を繰り返している。さらに南西諸島では根絶が困難な地域も出てきて脅威が迫っている。