このMVを見て、このシングルファザーは子どもにさみしい思いをさせてひどい父親だとか、娘がグレたのは父親の責任だと感じる人は少数派だろう。おそらく、こんなに苦労して育て上げて、なんと立派な父親かと感じる人が多いはずだ。

 寅子もまったく同じで、夫に先立たれて奮闘するシングルマザーである。しかし寅子の場合は、なんとなく「家事・育児を同居している兄嫁の花江(森田望智)に押しつけている」とか「やりがいを感じているからといって仕事を優先しすぎなのでは」といった目を向けられがちである。男の育児は加点方式、女の育児は減点方式である。

 また、寅子が家裁でちょうど担当しているのは、フランス人の妻と日本人の夫がどちらも子どもの親権を放棄したいという案件なのだが、フランスに帰って人生をやり直したいと主張する妻と、不倫相手に子どもができたから親権などいらないと言い立てる夫を比べたときに、妻側の方がより非人間的だと感じるバイアスはないだろうか。

 寅子やフランス人妻に向けられる世間の詮索は、そのまま実際の母親たちに向けられる目だろう。『虎に翼』の今週のエピソードは今も残るバイアスを炙り出しているとも言える

それでも伊藤沙莉がシングルの
ワーキングマザーを演じる意味

 ところで、親の不在は子どもにとって悪影響しかないと言われがちである。母親の不在は特にそうだ

 しかし、寅子を演じる伊藤沙莉がシングルマザー家で育ったことは、以前の記事「朝ドラ『虎に翼』が若い女性に異例の人気、『とにかく伊藤沙莉が良い』に納得感しかない理由」でも書いた。経済難から母親は働きに出て、伊藤は幼い頃の一時期、母親の友人の元に預けられて兄弟とも別々に暮らしていたという。そのような境遇を「不幸」だとか「成長に影響がある」と、外野が単純に決め付けられるものではない。

 伊藤は著書やインタビューの中で家族への愛をたびたび口にしているし、演技派俳優として朝ドラ主演まで上り詰めた彼女の母親の教育は、結果から見て大成功している。

 そんな伊藤が演じるシングルのワーキングマザー・寅子の娘との距離感を、一視聴者として暖かい目で見守りたい所存である。