線虫の子どもにストレスを与えると、明らかに寿命が延びるのです。これはストレスにより、エピジェネティックな変化(編集部注/「エピゲノム」とも言う。遺伝子の変化ではなく、遺伝子の発現の仕方の変化を表す)が生じた結果と考えられています。線虫は生後早期に飢餓、無酸素、浸透圧などの環境ストレスにさらされると、「耐性幼虫(Dauerlarva)」と呼ばれる状態に移行してストレスが去るまでジッと待ちます。耐性幼虫を経た線虫は、ストレスを記憶して遺伝子発現が変化する。

 それによって繁殖能力が低下する代わりに、寿命が延伸するのです。成体初期でも、温度を20°Cから25°Cに1日シフトするだけでもストレス抵抗性が改善されて寿命が延伸するから不思議です。こういった実験と検証はヒトでは容易ではありません。ですがこれらを踏まえれば、子どもの頃に適度なストレスを受ければ、エピジェネティックな変化により身体機能を高めて長生きできる可能性が考えられます。

 実際に、マウスを使った実験では、幼少期の運動によって長期記憶が促進されることも示されました。記憶に重要な「海馬」と呼ばれる大脳辺縁系の一部において、「プライミング効果」と呼ばれる経験が認知に影響を及ぼす現象が観察されています。同じくマウスを使った実験では、若いときの筋トレが長期的に筋肉で記憶され、高齢になったときの筋トレ効果を促進することが明らかになっています。

 ヒトの場合も、高齢者になってから運動するよりも、中学・高校時期に運動した経験のある高齢者のほうがサルコペニア(編集部注/筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下している状態)のリスクが低いようです。

 これは「マッスルメモリー」ともいわれ、運動だけでなく「TNF-α」と呼ばれる炎症性サイトカインなど多様なストレスを筋肉細胞が記憶するといった長期的な影響から生じる現象です。いずれにしても、野球とバスケットボールのエリートアスリートの縦断的データからも、早期の運動能力が晩年の死亡率や老化の予測に重要なことが明らかになっています。若い頃から適切な負荷を身体に与えるのは効果的だということです。