しかし結局、44年7月に東條内閣が辞職したこともあって、ってこの計画は幻に終わったが戦後、高木氏は「文藝春秋」(1964年9月号)で「読みが甘かった」とこう反省している。
「計画がうまく実行されたとしても、その後の陸海軍の関係が極度に悪化して、和平の道が閉ざされて悲惨な終戦を迎えのではないかとも予想できる」
太平洋戦争中の軍人も気づいていた
「権力者淘汰」の無意味さ
よく東條英機を「独裁者」と批判する論調を見るが、側近らの証言を見ると、「独裁者の片鱗もない」という中間管理職型の人だった。「戦争継続」にこだわったのも、陸軍内部の声に配慮をした側面が強く、陸軍の立場を第一に考える組織人だった。だから、彼を殺してももっと過激な「次の人」が台頭して事態を悪化させる恐れもあった、というのだ。
この当時の海軍エリートたちは、どうすればこの戦争を終わらせられるかと脳みそをフル回転させて考えていた。その結果が「権力者を殺しても日本の問題は解決できない」という結論だったことは、非常に興味深い。
このような歴史を振り返ってみても、日本には「暴力で社会を変える」という価値観はそぐわない。最も効果がなく、最も愚かな行為と言ってもいい。
よくネットやSNSで「山上被告のやったことは許されないが、旧統一教会と政治の関係を浮かび上がらせた功績はある」とか言う人がいるが、これも勘違いだ。
自民党と旧統一教会の関係など、国際勝共連合と共産党がバチバチやっていた50年以上前から公然の事実だ。安倍元首相との関係もテレビと新聞がスルーしていただけの話で、週刊誌では手垢のついたネタで過去に何度か記事になっているし、昔からネットで検索をすれば山ほど情報は出ている。筆者も18年、とある大手出版社に、旧統一教会の関連団体と自民党や安倍元首相の関係についての書籍企画を持ち込んだら、「みんな知っている話ですから、よほど大きなネタがないと」とあっさりとボツになったこともある。
要するに、山上被告の「テロ」は、「日本の闇」を暴いたなんて英雄譚ではなく、1人の政治家の命を奪って、旧統一教会問題を「ワイドショーネタ」にしただけだ。