創業社長やオーナーではない限り、役員会による決定や前任者からの申し送りがあるので、社長だからといって自分勝手なことなどできない。これは自民党や内閣という組織も同じで、首相になったところでマスコミが騒ぐほど「独裁」などできないのだ。

 しかも、日本の場合は「システム」が変わらなければ誰がリーダーをやっても同じところがある。

 それがよくわかるのが、最近「暴走老人」の様相を呈してきた米・バイデン大統領の発言だ。テレビのインタビューで日本の防衛費増額をめぐり、こんなことをポロっと口走ったのだ。

「私は三度にわたり日本の指導者と会い、説得した。彼自身も何か違うことをしなければならないと考えた」

 要するに、「岸田首相に防衛費増額を決断させたのは私ですよ」と自慢しているわけだが、これは日本の安全保障の本質を突いている。安倍元首相が安保や防衛費増額に心血を注いでいたのは、別にヒトラーだからでもなく、侵略戦争をしたいわけでもなく、「核の傘で守ってくれるアメリカ様のオーダー」だからだ。

反米政権でも生まれない限り
ハト派だろうがタカ派だろうが同じこと

 このように、日本では反米政権が生まれない限り、ハト派だろうがタカ派だろうが防衛費増額、日米連携強化などを進めなくてはいけない。日米同盟という大きなシステムの中に生きている日本の内閣総理大臣は結局、そのシステムの中での意思決定しかできないので、個人差はあっても大きな方向性は変わらないのだ。

 つまり、大統領制や独裁政治体制ではない日本において、「あいつを殺せばすべて解決だ」と内閣総理大臣を暗殺したところで、一時政治が混乱しても、「次の人」が出てきて、同じ政策を繰り返すだけなのである。

 そしてもっと言ってしまうと、これはアメリカがすべて悪いわけではない。「独裁」ができないという傾向は、「ファシズム」と評価される戦時中の日本にもあった。

 ご存知の方も多いだろうが、戦況が悪化してきたとき、海軍内にはアメリカと和平を結ぶべきだと終戦工作に動いていた人々がいた。その筆頭が海軍少将、高木惣吉氏らのグループで、東條英機首相の暗殺まで計画した。