“時計パンチ”先生との出会いで
教育への関心が芽生えた
――芸人になる前は、教員を目指していたそうですが、何がきっかけですか?
小学校から高校までの間に出会った先生の影響ですかね。芸人になってから余計に思うんですけど、先生ってめっちゃすごいでしょ。僕ら、劇場で漫才をするときは10分の出番を1日3ステージですけど、先生は1日50分、6ステですよ。それが、ほぼ毎日ですから、ほんまに偉い仕事やなと思います。
――具体的に、この先生に出会ったから教員を目指そうと思ったことは?
小学校の時、“時計パンチ”って言って、腕時計をメリケンサックみたいに手に巻いて殴ってくる先生がおったんですよ。その先生がね、僕らが運動場でサッカーをすると、低学年の子たちにボールが当たって危ないから禁止やって言って。でも、納得できなくて文句を言うてたら、その先生が今でいうフットサルみたいな小さなサッカー場を作ってくれたんですよ。その時は、「こんな小さなコートでできるかい」とか思ったんですけど、後から考えると、僕らのことを一心に思って作ってくれたんやなって。
――生徒の気持ちに寄り添ってくれる先生だったんですね。
そういう先生に憧れたんですよ。中学生の時もね、なぜかその日、めちゃくちゃ制服のズボンが臭くてね。なんか、生乾きの状態でタンスにしまってからやと思うんですけど。仕方がないから、母親が使ってた香水をかけたら、もっとえげつない臭いになって。
――思春期だと余計に気になると思います。
ほんまにそうで、学校に行ったら、案の定すぐに女子が「なんか今日、臭ない?」って。今やったら、俺やでって言えるんでしょうけど、そのときは意地もあって言えずで。休憩時間に担任の先生のところに走っていって、「先生、ズボンが臭いんで帰らせてください」って言ったら、最初は先生も、「そんな理由で帰らせるわけないやろ」って言うてたんですよ。でも、実際に嗅いだら「すぐ、帰れ」って(笑)。
――帰らせてあげたくなるような状態を理解してくれた?
結局、勉強以外のところでの関係性というか、お付き合いの仕方を教わったというか。そういうところに憧れて、教員を目指そうと思ったんです。
――その思いを持ちながら、途中で芸人に目標を変えられたのはなぜ?
理由はいくつかありますね。ひとつは、教育実習にも行ってたんですけど、途中でカリキュラムが変わったらしくて、また最初から実習に行かなあかんってなって面倒やなと。それと、塾の講師のバイトをしてる時に、「あれ?俺は、人に教えるのもそうやけど、人前でしゃべることが好きなんかな」って思い始めて、芸人になったという感じですかね。