【解説:その女は怪物ではなくただの人、ただのイタズラだった】

 口裂け女の噂が1979年1月から6月にかけて日本中で大流行したことは事実であり、この噂についての重要トピックであることも間違いない。ただそれ以前――おそらく1970年代半ばから、既に口裂け女にまつわる噂は全国に広まっており、様々なバージョンで語られていた。根拠については先述の怪談の他、私自身が約150名のアンケート調査を行い確かめている。その詳細は各所で説明しているので、ここでは1979年の大流行によって生じた口裂け女の「変化」について触れよう。

 大流行以前、つまり1978年以前の口裂け女は超自然の怪物ではなかった。なんらかの事情で口が裂けてしまい、そのことで人々に悪意を持っている厄介な存在ではあるが、ただの人間の女だ。そんな女が自分たちの町にやってきたらしい……というリアリティこそが、口裂け女の新しさだったのである。幽霊が出てくるのではなく、おかしな人間が脅かしてくる話。それは「ありえなさ」に怖がる怪談というよりも、「ありえる」からこそ本当だと信じてしまう反・怪談的な怖さだ。そうした恐怖感が当時の人々にとってひどく新鮮だったと、私もアンケートでさんざん聞かされている。

 こうしたリアリティが進行すれば、口の裂けた女自体がいなかったとのオチになるのは当然の帰結だろう。実はその女(男が女装している場合もある)は、イタズラのために口紅で裂けた口をメイクしただけだったという……そちらの方がよほど「ありえる」話だからだ。当時の人々がビビッドに反応したのは、幽霊や化け物の怖さではなく生きた人間の悪意、今でいうところのヒトコワ的な怖さだ。この点については戦前に流行した赤マントの噂(赤いマントを着た男が少女を誘拐し暴行し殺すという)に通じるところがあるかもしれない。

 しかし1979年、それまで若者や子ども、もしくは深夜ラジオや地方紙だけで語られていた口裂け女の噂が、マスコミに気付かれてしまう。全国紙や大手雑誌が面白おかしく大々的に報道し、口裂け女の知名度は大人も含めた全日本人が知るところとなった。

 そうなれば当初のリアリティは消滅する。自分たちの町だけでささやかれている(と勘違いした)からこそ本当に「ありえる」話だと信じられたのに、同じ噂が全国に広まっていると知ってしまえば、もう子どもだって「ありえない」嘘だと気付いてしまうではないか。そうなったらリアリティは必要ない。ただの奇人だったりそれを装ったイタズラだったりした口裂け女は、ここから怪物化の一途を辿っていくのである。

 私は個人的に、1972年からひっそり日本に広まったカシマ怪談がだんだん口裂け女怪談に変化したのではないかと推測している。ただ両者には、超人間的な化け物かリアルな人間かという根本的な違いがあった。しかし1979年の大流行のせいで、口裂け女もまたカシマのような存在に変化していく。ひどく高い身長、赤いコートといった赤い女の要素が口裂け女に付与されたのも、ちょうどこの頃だった。
書影『教養としての最恐怪談 古事記からTikTokまで』(ワン・パブリッシング)『教養としての最恐怪談 古事記からTikTokまで』(ワン・パブリッシング)
吉田悠軌 著