口裂け女

 夕暮れの町を歩いていると、電柱の陰から女が現れた。背が高くトレンチコートを着ているが、さらに不気味なのは目から下の顔半分を覆う大きなマスクだ。

「わたし、きれい?」女はこちらを見下ろしながら、そう質問してきた。ここで「不細工」と答えれば、鎌かハサミかで斬りつけられる。しかし「きれい」と答えると、女は「これでも?」とマスクをはぎとり、耳まで大きく裂けた口を見せつけてくる。それを怖れて逃げても、女は物凄いスピードで追いかけてくるのだ……。

 口裂け女の噂は、1979年1月「名古屋タイムズ」「岐阜日日新聞」で記事化されたのを皮切りに、同年6月までメディアが熱狂的に報道。日本を揺るがす大流行となる。

 当初は、岐阜市の道端で大きく裂けた口を見せて脅かしてくる女がいた、というだけの現実味ある噂だった。だがそのうち、鎌やハサミで攻撃するタイプが出てきたり、2メートルを超す背丈や超人的スピードで追いかけるなどの怪物要素、ポマードと3回唱える、べっこう飴をあげるなどの撃退方法が付け足されていく。

 もっとも1979年1月から6月に日本中で大流行するよりも前から、口裂け女の噂は全国で囁かれていた。例えば1977年11月中旬、中部地方のCBCラジオ『星空ワイド 今夜もシャララ』では次のような投稿が読まれた。

 投稿者は若い男性で、友人4名で深夜のドライブをしていたという。名古屋市の平和公園を南北に突っ切っている途中、道ばたに立つ若い女性の姿を見かけたそうだ。

「夜中にどうしたの? 栄(さかえ)まで戻るから一緒に乗る?」

 ナンパ目当てもあり、後部座席の真ん中に挟むかたちで女を乗せた。ただ女はずっとうつむいて長髪を前に垂らしており顔がよく見えない。またいくら話しかけても無言なので、車内は妙な空気になっていく。助手席の友人はめげずに「どこ行くの?」と振り向いた。投稿者もバックミラーで後ろを覗く。ちょうど女が顔を上げ、対向車のライトがそれを照らしたところだった。

「ぎゃああああ!」と、2人は悲鳴を上げ、急停止した車から逃げ出した。しかしその途中、後部座席の2名がついてこないことに気づく。