おふたりの写真Photo by HasegawaKoukou

同時通訳者として、ビル・ゲイツ、デビッド・ベッカム、ダライ・ラマ、オードリー・タンなど世界のトップリーダーと至近距離で仕事をしてきた田中慶子さん。「多様性とコミュニケーション」や「生きた英語」をテーマに、現代のコミュニケーションのあり方を考えていきます。今回は、台湾のデジタル大臣のオードリー・タン氏に関する書籍を多数出版している、台湾在住のノンフィクション・ライターの近藤弥生子氏と対談。「学校に行かない」という選択をしたオードリー氏の事例を発端に、学校へ行かずに勉強する「自主学習」というありかた、「不登校」という表現への違和感、従来の学校システムと多様性のバランス、自分でカリキュラムを組み立てて学習するオルタナティブスクールについて、日本と台湾の教育や文化の違いや親和性などを語り合った。(文・構成:奥田由意、編集・撮影:ダイヤモンド社 編集委員 長谷川幸光)

台湾のオルタナティブ教育
「自主学習」とは?

田中慶子さん田中慶子(たなか・けいこ)
同時通訳者。Art of Communication代表、大原美術館理事。ダライ・ラマ、ビル・ゲイツ、デビッド・ベッカム、オードリー・タンなどの通訳を経験。「英語の壁を乗り越えて世界で活躍する日本人を一人でも増やすこと」をミッションに掲げ、英語コーチングやエクゼクティブコーチングも行う。著書に『不登校の女子高生が日本トップクラスの同時通訳者になれた理由』(KADOKAWA)、『新しい英語力の教室 同時通訳者が教える本当に使える英語術』(インプレス)。Voicy「田中慶子の夢を叶える英語術」を定期的に配信中

田中慶子(以下、田中) 近藤さんは、台湾のデジタル大臣のオードリー・タン(以下、オードリー)さんに関する本を多数出されていますね。来年には台湾の教育に関する本が出版される予定と聞きました。

近藤弥生子(以下、近藤) オードリーさんの母、リー・ヤーチン(以下、リー)さんが書いた、「自主学習」をするための、心得や経験をまとめた本の翻訳書です。

田中 「自主学習」とは何ですか?

近藤 日本語に合う言葉がないんです。オードリーさんは、中学2年生の頃、学校に行くのをやめるという「選択」をしました。

 そして、学校の勉強に相当する学習を、自分で組み立てながら行ってきました。台湾ではそのことを「自主学習」と呼びます。

 オードリーさんが自主学習の選択をしたことに、リーさんは母として当初は大変戸惑い、そして受け入れます。

 現在の台湾では、「学校に行かない」という選択肢は珍しいことではなく、その学校が合わなかったらすぐに転校することも日常茶飯事です。でも当時の台湾では、子どもが「学校に行かない」選択をすると違法扱いとなり、保護者が政府から罰せられました。

 そのような中、リーさんは、オードリーさんの自主学習をサポートし、その経験をもとに、教育者として頭角を現すようになります。そして、台湾のそれまでのメインストリームだった教育に対し、オルタナティブ教育を実践する学校「種子学苑(※)」を1994年に設立します。その一連の物語や課題、ノウハウなどを記した本で、同じ状況にある人や保護者の指南書でもあります。
※現:「種の親子実験小学校」

田中 自主学習は、例えばどのようなことをするのでしょうか?

近藤 「1週間で何をどういうふうに勉強するか」をプランニングして実施するのですが、勉強の中には、哲学クラブへ通ったり、大学の授業を単発で受講したり、自由研究をしたり、ということも含まれます。

 ですので、家にずっとこもって学習するわけではなく、外にも出ていきますし、誰かと一緒にWebサイトをつくってみるなど、他人とコラボレーションすることもあります。それが自主学習なんです。

田中 それはいいですね。リサーチ能力やプロジェクトマネジメントなどの技能が向上しますね。

近藤 オードリーさんはいわゆる「ギフテッド(※天才的な能力を持つ人)」ですが、子どもにだってさまざまなタイプがいて、主張があって、選択肢がある。そのことを学校側に理解してもらえなかったんですね。

 最近、日本である学校の校長先生とお話したのですが、その校長先生は昔、ある生徒に「私が学校に適応できないのではなく、学校が私たちに適応していないだけでしょう」と言われて、ハッとしたと言っていました。

 日本は、よほどのことがないと転校するのが難しいですよね。逃げ場が与えられていない、限られた場所だけでやっていかなければならないというのは、すごいプレッシャーだと思うんです。