箱のラベルと並びだけを暗記するな
まずは中身があって、次に言葉がある

慶子さん02

田中 今のお話は、英語学習に通じるものがあります。

「どうしたら英語がうまくなりますか?」とよく相談されるのですが、あまり構えずに、もっとラクにつきあえばいいのにと思うんです。

「この単語はこういう意味だ」と暗記したところで、言葉の本質は、箱に書いてある通りではありませんよね。日本人はどうしても、受験や英語教育の弊害なのか、「『正しい英語』でなければいけない」と思っていて、箱の見た目を気にしてしまう傾向が強いように思えます。

 でも言葉というのは、型だけ覚えればいいという、そんなに単純なものではないですよね。英語で「楽しい」と伝えても、その場の状況や、もともとの人間関係や、言い方によって、「全然楽しくない」という意味になることもある。そうした複雑さを楽しむことが一番じゃないかなって思うんです。あれこれ考えるよりも、英語を使う場にどんどん飛び込んでいく。サバイバルイングリッシュで身につけていけばいいんです。

ダース そうですね。日本の英語教育というのは、「第5文型はSVOC、つまり、主語、動詞、目的語、補語の順番で並べます」とか、「この単語は辞書や教科書にはこうした意味で解説されていて、この位置に配置します」といったように教えますね。辞書自体は便利なものですが、これでは結局、言葉の箱の、外側のラベルと並べ方のパターンを暗記するだけになってしまうんです。

田中 まさにその通りだと思います。

ダースさん

ダース サバイバルイングリッシュといえば、僕がロンドンで暮らしていた子どもの頃、まだ英語がまったくわからなかったのですが、ある日、弟と公園で遊んでいると、現地の子が「イエーイ!」と言いながらこちらに手を振って自転車で通り過ぎていったんです。

 すると、その直後に同じ子がまた「イエーイ!」と言いながら通り過ぎていったんです。その数分後、またまた同じ子が来たんですよ。「どういうことだ!?」と思っていたら、その後、同時に2人がやって来て、双子だったことがわかったんです。からかわれていたんですね(笑)。

田中 (笑)

ダース 双子は、僕たちにわーっと話しかけてきたのですが、英語なので何を言っているか全然わからない。でも、僕たちの自転車を指さしたり、行くよ! と言ったりしているのが、単語や表情、ジェスチャーなどでわかる。それで後を追って行くと、商店街のお菓子屋さんに着いて、ここにおいしいお菓子があるんだと教えてくれた。そしてお菓子をごちそうしてくれたんです。

「言葉」、つまり「箱」がまったくわからなくても、「一緒にあっちに行こうぜ」という「箱の中身」は伝わってきた。そのとき、すごく楽しかったんです。そして、こちらも感謝の気持ちを伝えたい、話したいことがたくさんある、そう思い、そこから本格的に英語を学び始めました。

 箱に入れる「中身」もあるし、感情もある。でも、箱自体がないから、それをとりあえず見つけてくる。これが僕が英語という型を覚えようと思った動機です。言葉の箱の、外側のラベルと並べ方のパターンを暗記するのとは、まったく方向性が逆なんですね。

田中 人に共有するための箱も必要だけれど、「伝えたい!」という中身があってこそですね。

ダース がんばって伝えようとしていることが相手にわかれば、未熟な言語力だったとしても、「きっと、これを伝えたいんだろうな」と、相手は想像をしてくれる。「箱が正しいかどうか」よりも「中身がある」ことのほうが大事なんです。それがコミュニケーションのスタート地点なんだと思います。

「もっと正確にこういうことを伝えたい!」と思うことが、言語学習のモチベーションになる。その動機があれば習得も早いはずです。逆にそうした動機もないのに、型ばかり覚えても苦痛でしかない(笑)。身につかないのは当然です。

田中 「英語を学んだのに、実践で使えない」という人が多いのですが、箱だけ用意しても仕方ありませんからね。