社会起業家と起業家は
どう違うか

 社会課題は昔からありますが、今なぜ社会課題解決ビジネスなのか、私たちはそれをどのように実践しているのかについて、次にお話します。 

 過去を振り返ると、産業革命があり、そこで開発された動力機械によって仕事を奪われた労働者は、例えば「ラッダイト運動」など、その機械を壊すということで抵抗しました。しかし、それでは問題の根本解決にならないのはご存知の通りです。テクノロジーの発展やエネルギー革命は、人類史において止まらない。その一方で、その流れの中で公害など新たな社会課題が発生することは歴史が示すところです。

 社会にとって良いことを個々では推進しているのに、同時に、他の誰かが困ることが発生するのを、私たちは見てきています。

 卑近な事例では、ナイキの途上国での生産工場の問題ということがありました。世界中の人がカッコいい靴として買っていたナイキのスポーツシューズですが、それを生産していた途上国の下請け工場では、児童が過酷な環境で労働させられていた。消費者と企業の満足の裏腹で、深刻な社会課題があったのです。 

 皆さまご存じのとおり、日本には近江商人の「三方よし」という考え方があります。買い手よし、売り手よし、世間よし、ですね。私たちの会社は京都にあるのですが、この考え方は京都に根付いています。現代の視点で見れば、「世間よし」は、取引先や環境のサステナブル(持続可能性)に通じます。私たちはこの考え方をもっと活かしたいと思っています。 

 今日、最大の課題は気候危機です。IPCCが発表する温室効果ガス排出量の推移を見ると、1750年から1960年までの210年間と、1960年から2020年までの60年間の排出量はほぼ同量です。つまりこの60年間で、爆発的に排出量が伸びている。人々がそれぞれ豊かになろうとして、経済成長した結果、温室効果ガスが急増し、異常気象が続いている。島嶼地域の存続危機や山火事多発などの被害が拡大しています。誰かの幸せが他の誰かを困らせていたり、現世代が次世代を窮地に陥れたりしているわけです。

 ここまで社会課題の解決という言葉を使ってきましたが、社会課題はかなり広い領域を指す言葉です。しばしば言われるように、「ビジネスの成立は誰かの課題を解決している」ことであります。元来、ビジネスは社会課題の解決である、と。

 しかし、私たちが社会問題をビジネスとして解決する人という意味で使う「社会起業家」は、一般的なビジネス起業家とは異なります。

 社会起業家は、社会課題の解決を最重要事項として活動します。一般に企業の活動目的は、顧客の問題解決や株主への利益還元などいろいろありますが、社会起業家の最優先の活動目的は、社会課題解決になるのです。

 社会課題は、必ずしも悪人が悪事を働いて生じることばかりではありません。前述した気候危機のように、社会を発展させるために推進してきた活動の結果として、社会課題が発生することがしばしばあります。

 例えば、安心・安全な野菜を食べたいという多くの人の希望に応えようとして、野菜の流通規格をきちっと決めて守ってきたら、廃棄野菜が増えたという歪みが出たりします。社会起業家は、そうした全体最適の歪みに挑みます。 

 ここで重要なポイントは、「課題解決しますよ、だからそのためのお金をください」という方法は取らないということです。

 非営利活動などは、社会課題の深刻さを世に訴え、人々に募金を働きかけて、社会課題解決に取り組みます。それはそれで意義あるのですが、人々がそうした慈善活動を担ったり協力したりするのは、心と資金に余裕がある時ではないでしょうか。 

 人の善意だけに依っていることには、どうしても限界があります。ですので、社会課題解決のための資金や人というリソースの絶対量を増やすためには、利他的な人だけでなく、利己的な人も巻き込む必要があるのです。

 そこで、多くの人が資金の出し手になる仕組みを考えます。「かわいい商品だから買う」とか「儲かりそうな企業だから出資する」といった、善意とは関係なくお金を出そうとするインセンティブ設計のビジネスにするのです。そこが社会起業、ソーシャルビジネスの肝です。うまく設計できると、もともと資金が集まらなくて効果的な活動ができなかった事業が、成長してリターンを生み、再投資できるようになる正の循環が生まれます。 

 単純化して図にすると、「儲かるか否か」と「社会課題解決か否か」は別の軸です。

 儲かり社会課題解決となる領域もあれば、 儲からないし社会課題解決にならない領域もあります。儲かり社会課題解決になる領域の事業や企業は、私たちとしてもビジネスチャンスとして応援しますが、ギリ(ギリ)儲かるかどうかわからないけど、社会課題解決としてはめちゃくちゃ尊いという事業や企業こそ実験的なチャレンジとして、私たちは力を入れて支援しています。

 ここで勘違いして欲しくないのですが、ESGやインパクト投資の文脈で、社会課題解決は全部ビジネスにできるという考え方が一時はやったんですが、実態は多くの社会課題解決はビジネスで解決することが難しく、運営者自身の糧を得られるだけのキャッシュフローを作れないことも多いのです。 

 例えば、子どもの貧困という問題に対する課題解決事業には割と資金が集まりやすいのですが、高齢者ホームレスの支援とかにはなかなか資金が集まらない。受刑者の人権問題のような倫理的な問題も難しい。

 私たちは、どうやったらそれがビジネスになるのかわからないという社会起業家に伴走して、一緒にビジネスを立ち上げたり、そこに出資してサポートしたり、さらには成長してきたタイミングでオープンイノベーションという形で、大企業との連携を推進したりするなどして、彼らの事業をスケールさせています。育成事業はこれまで300事業ほどの立ち上げに伴走しています。

 先ほどギリ儲かるか否かの領域でチャレンジしているというお話をしたのですが、私たち以外の他のプレイヤーが実験して成功したものもあるわけで、そういったデータを蓄積していくと、本来儲からないと言われた領域が、実はビジネスチャンスだったということを社会が知り、後続者につながります。ですので、私たちはそうしたデータベースを構築するメディア事業も展開しています。