世界の数十億人を殺害する
核ミサイル発射の決断時間は10分程度

 こうした実態はアメリカ国民にも完全には知られていないようです。アメリカ国民の44%が、核ミサイルの発射は「議会の承認が必要」だと思っているという調査結果もあります。しかし実際はちがいます。

 そして、アメリカ大統領は世界の数十億人を殺害するという人類史上誰もしたことのない決断を、わずか10分程度の短時間で下さなくてはなりません。本当に核攻撃を受けているのか、それともシステムエラーなのかも、同じく10分程度で確認しなければならないのです。

 しかも、アメリカの核ミサイルは、一度発射されれば、後から取り消すことはできません。敵対国のハッキングで核ミサイルの起爆システムが無力化されることが懸念され、発射後は起爆を解除できない設計になっているからです。つまり、決断は文字通り「取り返しがつかない」のです。

 このように、核攻撃について大統領1人が絶大な権限を持ち、後から決定を取り消せない状態にあることについては、アメリカ国内でも懸念する声があります。戦争など何も起こっていなくても、大統領はすぐに核攻撃を実行できるからです。

 つまり、ウクライナに戦闘機や戦車を送るために議会を何カ月もかけて説得しなければならない一方、核ミサイルの発射だけは1人で即座にできるのです。

 これは核の論理において簡単には理解しがたい問題でもあり、アメリカ国内でも見直しを求める声があります。大統領という個人の人格にも大きく依存することになり、仮に大統領が精神的に不安定だったとしても攻撃できるからです。

 かつてニクソン大統領には酒を飲みすぎる傾向がありました。1969年にアメリカ軍の偵察機が日本海で北朝鮮軍に撃墜され、31人の兵士が死亡したとき、酒に酔ったと見られるニクソン大統領は北朝鮮への報復核攻撃を軍に命令しました。

 しかしヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官が介入し、ニクソンの酔いが覚める朝まで何もしないよう軍に指示したため核攻撃は実行されませんでした。

 また、1973年の第4次中東戦争の際、ジェームズ・シュレシンジャー国防長官は、ニクソンのアルコール依存を懸念し、大統領から核使用の指示があったとしても、まずは自分がキッシンジャーに確認するように、軍に指示していたとされています。