「スポーツと政治は別」は建前に過ぎない

 最近、韓国では最大野党の「共に民主党」の党首選挙が行われ、李在明(イ・ジェミョン)氏が圧倒的な得票率で党首再選を果たした。党内に李氏を批判する声がありながらも、李氏に代わる人材がいないという現状もあって、4月の総選挙では「共に民主党」が勝利し、尹政権は現在、厳しい政権運営を強いられている。こうしたことから、今後、「共に民主党」は次期大統領選挙での政権奪還を目指して今後さらに尹政権への批判や、日本に対するネガティブな発言を強めてくることが予想される。また前述の徐氏や左派系市民団体もこれに追随するであろうことも目に見えている。

 先のパリオリンピックではないが、「多様性」が重視される昨今、歴史やジェンダー、人種に関する問題は以前にもまして非常にセンシティブな扱いとなり、一度、主張や解釈がSNSなどで拡散されれば炎上につながる。そして、意見の異なる者に対する批判や攻撃はさらなる対立や分断を引き起こし、それが各所で広がっていることを感じる。

「スポーツと政治は別」と言うものの、オリンピックのような国際大会では大なり小なり何らかの確執が起きることも多く、しょせんは建前に過ぎない。今回の京都国際高校をめぐる問題も、「スポーツと政治」という観点で見れば根本は同じだと言えるのではないだろうか。

 高校野球そのものも、地方と都市、私立校と公立校の格差や、猛暑の中での大会運営、タイブレーク制をめぐる是非などさまざまな議論や課題を抱えている。京都国際の一件を含め、今後、外国人の増加や少子化によって日本社会が変わるとともに、高校野球そのものも、変化や対応を求められるようになるのだろう。

 ともあれ、京都国際の優勝は素直に喜ばしい。政治や歴史的な問題や感情とは切り離して称えるべきことであり、また、関東一高をはじめ、甲子園大会に出場したすべての高校球児たちに、心からの拍手を送りたい。