トラブルを引き起こした2大問題
売り手企業は泣き寝入りか

 ルシアンが引き起こしたトラブルを振り返ると、主に二つの問題があった。まずは「現金抜き取り」だ。

 ルシアンは傘下に収めた企業に対して、数回に分けてルシアンが管理する口座に送金することを指示していた。従業員の給与や銀行などの金融機関に対する債務の返済、オフィスの賃料などの経費の支払いなど、必要になったタイミングで傘下企業に資金を戻す前提だったとされる。

 だがその約束が、常に果たされたわけではなかったようだ。資金が戻されなかったり遅れたりしたこともあり、現金を抜き取られた傘下企業は当然ながら、給料未払いや債務の不履行に陥る。顧客や取引先、従業員の信用が毀損され、あっという間に経営難に直面する傘下企業もあった。

 問題の二つ目が「経営者保証の未解除」だ。

 経営者保証は、その企業が金融機関から融資などを受ける際に設定する債務保証で、経営者が個人で負う。企業が返済できなくなった場合に、経営者は企業に代わって返済しなくてはならない。自宅に抵当権を設定しているケースが多い。

 M&Aで会社を売却した際には、この経営者保証は金融機関での手続きを経て、解除されるべきものだ。株式譲渡契約書には、M&Aが成立するタイミングで、買い手によって行われると明記されていることが多い。

 ところが、トラブルとなったケースでは、ルシアンは解除を行なっていなかった。そのため、一つ目の問題で解説したように、経営難で債務不履行に陥った際には、銀行などの債権者は、すでに会社を売却し、経営の第一線から退いた元社長に対して取り立てを行うことになるのだ。経営者保証が解除されたと思っていた元社長は、返済を求める金融機関の連絡で、事の重大さに気付くことになる。

 ルシアンの代表者は24年1月以降、行方をくらましている。ルシアンのM&Aを仲介した関係者の元には、1月ごろから売り手企業の経営者から連絡が入り、「ルシアンと連絡がつかない」「経営者保証が解除されておらず破産せざるを得ない」といった悲鳴が殺到した。

 だが前ページで解説したように、仲介会社は基本的にはM&Aが成立した後、売り手と買い手の経営には関与しない。そのため、仲介会社も寝耳に水の状態だった。

 今後はどうなるのか。売り手企業関係者の中には、仲介会社を相手取り訴訟を起こす動きもみられる。だが、売り手企業やその元経営者が被った損害が賠償されることは考えにくいというのが、大方の見方だ。売り手企業は、ルシアンを買い手としてM&Aを進めることに同意し、株主譲渡契約書も交わしているからだ。

 ダイヤモンド編集部はルシアン代表者に対して、買収を繰り返した理由や資金を送金させた理由などについて見解を問うために、名刺にある会社の電話番号や携帯電話、メールに問い合わせたが、本稿執筆時までに回答は得られなかった。

Key Visual:SHIKI DESIGN OFFICE, Hitomi Namura