鍋同書より転載

よそのお宅では、どんな鍋を作っているのだろう。そんな疑問を抱いた筆者が今回訪ねた先は、漫画家のニコ・ニコルソンのお宅。「ナガサレールイエスタテール」や「マンガ認知症」を代表作に持ち、現在でもさまざまな媒体で作品を発表し続ける多忙な彼女だが、食事は手を抜かない。この日作ったのはチルド餃子とミックス野菜を鶏ガラスープと酒で味付けした「名前のない鍋」。鍋の湯気の向こうに、上京してもなお記憶に残る故郷の婆(ばば)の手料理の記憶が香り立つ。※本稿は、白央篤司『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。

漫画家ニコ・ニコルソンさんの
『漫画を描くための場所』

 東京の南のほう、最寄り駅から10分ぐらい歩いただろうか。ところどころに銭湯や○○荘なんて名前の昔ながらのアパートが残っていて、昭和育ちとしては妙に心が落ち着く。

 教えてもらった住所を目指して歩いていたら、角に小さな公園があった。お年寄りの方が背を伸ばして、何かを見上げている。梅の花だった。その梅の木のすぐそばに、ニコさんの暮らす集合住宅があった。

ニコさん同書より転載

「ここに越してきたのは7年前ぐらいですかね。『漫画を描くための場所!』みたいな思いで借りたんです」

 光がたっぷりと入る角部屋で、窓が大きく取られて、すみずみまで明るい。白いカーテンがほどよく光を柔らかくして、確かに絵も描きやすそうだ。

 部屋の中心に大きな作業机がドンとあって、存在感を放っている。住居兼仕事部屋というより、仕事部屋が住まいといった感じ。他にあるものといえばベッドとアロマディフューザー、まとめ買いされているらしきミネラルウォーターの段ボール、そして流しの脇に花が1輪。ラナンキュラスだった。

 自分に必要なものを絞りぬいて、シンプルに暮らされているなあ......という印象を受ける。

「だからイスもひとつしかなくて。すみません、あの......これに座ってください」