秋となり、そろそろ鍋が美味しい季節だが、そういえば、よそのお宅ではどんな鍋を作っているんだろう。そんな思いから「名前のない鍋」巡りを始めた筆者が、今回お邪魔するのは、重い障害を持った子供たちや家族のために活動するNPO法人「ゆめのめ」の代表・大高美和さん宅だ。大高さんが作ったのは、嚥下障害を持つ娘も楽しめる「いつものトマト鍋」。娘を想う母の心が隠し味だ。※本稿は、白央篤司『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
母と息子がキッチンに立つ大高家
鍋の具材はそのときどきで自由
台所に入れてもらえば、今夜の鍋の具材がずらりと並んでいた。
「この大根、近所の農家さんの収穫体験でいただいたんです。他に、にんじん、きのこ、鶏肉。ブロッコリー……じゃなくて、名前なんでしたっけね。私、管理栄養士だけど料理は苦手で、食材の名前もすぐ忘れちゃって。管理栄養士だからって料理が得意なわけじゃない、そういう人もいるって書いてくださいね(笑)!」
取材を始めてからというもの、大高美和さんの話には「(笑)」が絶えない。9歳になる息子の湊介君が「ねえ、チーズチーズも入れてよう」とねだってくる。
「はいはい、その前にコンソメ入れて、お鍋かきまわしてよ」
キッチンに立つふたり。湊介君、なかなか手つきが慣れている。
きょうの鍋はトマトの鍋。好みの肉野菜を入れて、コンソメキューブでベースのおつゆにし、カットトマト缶を入れてしばし煮込めば出来上がりだ。
「何回も作ってるんですけど、レシピ覚えられなくて。コンロの前に本を置いてやってるんですよ。水は何カップだっけ……こんなレベルで、ホントすみません(笑)」