ただ、不満と思った課題の克服は、単にカイゼンを繰り返しているだけでは無意味です。カイゼンの端的な例が、日本のガラパゴスケータイです。これによって、単純に速度やハードウェアのスペックの進歩だけにとどまるようなビジネスモデルでは破綻することを多くの人が学んだと思います。

 日本の場合は、キャリア会社が儲けのためにどんどん制限をつけたことも大きな衰退の原因ではありますが、いずれにしろ、そのビジネスをつくり出した張本人が、新しい課題を自らにどんどん課して、単なる小手先のカイゼンに留まらない、新たなモノやサービスの創造まで達しないと、どんなビジネスもやがて衰退を迎えるのです。

「不満なら、顧客に尋ねるのが一番の近道」という意見もあるでしょう。ここで間違いやすいのが、顧客ニーズを集めるという発想です。実は、それだけだとカイゼンだけで終わって、違う方向にいってしまうケースが多々あります。顧客ニーズは時に顕在化していないこともあるので、課題の創出はお客様の声を聞くだけでは不十分なのです。

 製品の価値のさらなる高見への挑戦と同時に、既存のルール自体を変えたり、勝ち馬を乗り換える勇気が必要になってきます。カイゼンの流れとは違う課題を新たにつくり出す能力が求められるのです。iPod の大成功で満足していたり、製品のカイゼンだけで終わっていたら、今日のアップルの隆盛はなかったでしょう。

 当時、社内で語られたのが、ハードウェアボタンによって限界を迎えていたパソコン市場を「アップルがホワイトナイトになって救える」という気づきであり、新たな課題でした。ボタンをソフトウェアで実現し、アプリケーションやゲームの開発会社に無限大の発想の自由度を与えることができれば、それが消費者のメリットにつながると考えたのです。そうしてコードをオープンソース化することで、アップルという会社を新しいステージへと押し上げることができました。

 iPad の販売というのは、一見、タブレットという新しいデバイスによって、従来のパソコンの価値を下げることにもつながるように思えます。しかし、ウィンドウズとの歴史的なパソコン戦争を新たな展開に変換させるため、アップルはOSやオフィスソフトで対抗するのではなく、パソコンそのものの価値に対して新しい挑戦を行いました。

 そのことによって、iPad やiPhone をPOS端末として活用するような動きが一気に加速していますが、「POS端末として活用」という発想は顧客の声を聞くだけでは辿り着けませんでした。

 作り手が目指す方向やビジョンを明確にして、そこに向かって動いた結果の「イノベーション」です。顧客ニーズを集めただけの従来のカイゼンからはきっと生まれなかったでしょう。

 時には自らのつくってきた道を壊し、常に今の成果を疑い、ユーザーにとってもっと心地いい状態へ、新たな課題を絶えずつくり出していく姿勢が「これからの世界」では企業も人も求められるのです。

 止まることなく、次々と自らに課題を課していく企業のみが勝ち続けられるということを、私はアップルの社内にいて肌で勉強させてもらいました。満足して変化を止めたら、そこで成長は終わります。自分たちがつくった成功パターンを、自分たちでもっと高めていく不断の努力が必要なのです。(第4回に続く)

次回は5月1日更新予定です。


新刊書籍のご案内

『「これからの世界」で働く君たちへ』
伝説の元アップル・ジャパン社長の40講義

この連載の著者・山元賢治さんの新刊が発売されました。これからの世界を生き抜く上で役立つ40の指針を詳しく解説しています。連載はそのうち10個を選出して掲載していますが、本では「チェンジメーカーの条件」「世界標準の武器」「サバイバル・スキル」「自分の価値観に素直に生きる」「これからのビジネスに必要なこと」「世界で戦う前に知っておくこと」などのカテゴリーに分けて、さらに多くの項目について解説しています。変化が求められるこれからの時代、世界と、世界で、戦おうとする人に参考となる内容が満載の1冊です。

ご購入はこちらから!→ [Amazon.co.jp] [紀伊國屋書店BookWeb] [楽天ブックス]

山元賢治(やまもと・けんじ)
1959年生まれ。神戸大学卒業後、日本IBMに入社。日本オラクル、ケイデンスを経て、EMCジャパン副社長。2002年、日本オラクルへ復帰。専務として営業・マーケティング・開発にわたる総勢1600人の責任者となり、BtoBの世界の巨人、ラリー・エリソンと仕事をする。2004年にスティーブ・ジョブズと出会い、アップル・ジャパンの代表取締役社長に就任。iPodビジネスの立ち上げからiPhoneを市場に送り出すまで関わり、アップルの復活に貢献。
現在(株)コミュニカ代表取締役、(株)ヴェロチタの取締役会長を兼任。また、(株)Plan・Do・See、(株)エスキュービズム、(株)リザーブリンク、(株)Gengo、(株)F.A.N、(株)マジックハット、グローバル・ブレイン(株)の顧問を務める。その他、私塾「山元塾」を開き、21世紀の坂本龍馬を生み出すべく、多くの若者へのアドバイスと講演活動を行っている。
著書に『ハイタッチ』『外資で結果を出せる人 出せない人』(共に日本経済新聞出版社)、共著に『世界でたたかう英語』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。