「人生を一変させる劇薬」とも言われるアドラー心理学を分かりやすく解説し、ついに国内300万部を突破した『嫌われる勇気』。「目的論」「課題の分離」「トラウマの否定」「承認欲求の否定」などの教えは、多くの読者に衝撃を与え、対人関係や人生観に大きな影響を及ぼしています。
本連載では、『嫌われる勇気』の著者である岸見一郎氏と古賀史健氏が、読者の皆様から寄せられたさまざまな「人生の悩み」にアドラー心理学流に回答していきます。
今回は、自分は離婚すべきかどうか悩んでいる方からのご相談。「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と喝破するアドラー心理学を踏まえ、岸見氏と古賀氏が熱く優しく回答します。
「隠された目的」を探せ
【質問】『嫌われる勇気』の冒頭に出てくる「目的論」に衝撃を受けました。そこで教えて欲しいのですが、たとえば夫婦の間で「私たちにとっての幸せ」を人生の目的として考えられなくなり、それぞれが「自分にとっての幸せ」しか目指せなくなったら離婚をすべきでしょうか。人生の目的をどう考えればよいか悩んでいます。(30代・男性)
古賀史健:アドラー心理学の「目的論」というのは、人生の目的をこう設定しましょう、掲げましょうということではありません。人間の心のなかにある「隠された目的」に注目しましょうということです。人間は何らかの原因があって動くのではなく、隠された目的によって突き動かされていると考え、そこに注目しましょうというのがアドラー心理学の「目的論」です。
その上で、ご質問にある離婚をどう考えるかですが、やはり自分が本当はどうしたいのかを考えることが大切だと思います。本当に離婚したいのか、あるいはヨリを戻したいのか。シンプルに自分の心の奥に降りていき、自らの隠された目的について考える。
夫婦が不仲になる理由は、浮気されたとか、家事や育児を全然やらないとか、そういった表面的なものが多いと思います。けれどもっと奥底には、自分が実はこうしたいという隠された目的があるのかもしれません。その目的を探してみてはいかがでしょう。
アドバイスになっているかどうか分かりませんが、喧嘩をしたり離婚したいと思ったときというのは、相手のことばかりを責めがちです。パートナーのあそこが悪い、ここが問題だと。けれど対人関係の糸がからまってしまったときほど、それを解きほぐすには自分自身を見つめる必要があるのです。自分が真に何を求めているのかを考える。それを心がけてみてください。
岸見一郎:離婚を考えているカップルがカウンセリングに来ることは珍しくありません。そういう場合、私に限らずアドラー心理学のカウンセラーは、離婚しなさいとは絶対に言いません。なぜなら、対人関係・夫婦関係の築き方に改善の余地があることを知っているからです。
そうしたカップルの場合、互いに相手に対して「この人は私に何をしてくれるのか」という期待ばかりしています。その人たちが求める理想のパートナーは、自分の願いや希望を叶えてくれる人なのでしょう。
そういう理想からすれば、現実の夫や妻は必ずマイナス評価になります。けれど、そもそも相手が自分に何をしてくれるかを考える生き方(アトラー心理学で言う「ライフスタイル」)が変わらなければ、たとえ離婚して新しいパートナーを見つけても、多くの場合同じことを繰り返すでしょう。
それがわかるので、離婚するという決心を少し思いとどまって良い対人関係を築く練習をしませんかとアドバイスするのです。具体的に言うと、相手に対して自分に何ができるかを考えるよう促すのです。
これはアドラー心理学で言う「共同体感覚」のことです。アドラーは晩年に活動拠点をウィーンからニューヨークに移した後、英語の著作をたくさん発表しました。そのなかで「共同体感覚」を英語でどう表現するかを考え「social interest」という言葉を使うことにしたのです。
「social interest」とは、端的に言うと「他者への関心」です。多くの人は、石が坂道を転がるように自分のことしか考えません。そうではなく、坂道に置かれた石を押し上げるような努力が必要だけれど、他者に関心を持つべきだとアドラーは言ったのです。それこそが、すべての教育の目的でもあるとさえアドラーは述べています。
ですから、夫婦関係においても、自分を大事にするのももちろんいいのですが、それ以上に他者のこと、パートナーのことを考えて欲しいのです。離婚の相談にくるカップルには、そんな対人関係を築けるまで、もう少し練習しましょう。あなたたちは悪い夫婦だったわけではなく、下手な夫婦だっただけなのです。それは練習によってずいぶん変えられるんですよ、というアドバイスをします。