「人生を一変させる劇薬」とも言われるアドラー心理学を分かりやすく解説し、ついに国内300万部を突破した『嫌われる勇気』。「目的論」「課題の分離」「トラウマの否定」「承認欲求の否定」などの教えは、多くの読者に衝撃を与え、対人関係や人生観に大きな影響を及ぼしています。
本連載では、『嫌われる勇気』の著者である岸見一郎氏と古賀史健氏が、読者の皆様から寄せられたさまざまな「人生の悩み」にアドラー心理学流に回答していきます。
今回は、夫婦間における「課題の分離」に悩む方からのご相談。「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と喝破するアドラー心理学を踏まえ、岸見氏と古賀氏が熱く優しく回答します。
「課題の分離」も「信頼」も大切
【質問】夫婦間における「課題の分離」について教えてください。私は『嫌われる勇気』を読んで以来、妻の課題だと思えばそこには踏み込まないようにしています。ところが妻は私の課題によく踏み込んできます。たとえば、私の仕事や趣味に口を挟んでくるのです。こうした場合、どのように受け止め、対応すればよいでしょうか。(40代・男性)
岸見一郎(以下、岸見):それははっきり言うべきですね。はっきり言わないと二人の対人関係がもつれてしまいます。というか、既にもつれている状態だから、夫の課題に口を出していることにすら妻は気づかないのです。
とはいえ、他者の課題に踏み込む人はけっして悪意でやっているわけではありません。相手への気遣いや心配だったりする。
ですから、無下に「それはあなたの課題ではないだろう」と言うのはちょっと危険です。冷たい感じになるのを避けるために、「心配してくれて非常にうれしい」「自分のことを考えてくれるのはありがたい」といった言葉を添えることは心がけてください。
そのうえで「これは私の課題なので何とか自分でやろうと思う。けれど、もし自分だけではとてもできないとなったら力になってほしい」というようなやり取りをしていく必要があると思います。
古賀史健:僕も、たとえば車の運転中に妻からいろいろと「そこ右、そこ右」とか「こっちの車線に入って」とか言われたりするんです(笑)。それがうるさいというよりも、たぶん僕の運転を信頼していないんだろうなと(笑)。それが根っにあるような気がします。
こちらの行動にやたら口を挟んでくる人というのは、アドラー心理学的には「他者の課題に介入する」と言えるわけですが、もう少しシンプルに考えると、単に相手のことを信頼していないのかもしれません。子どもが勉強しないから口を出す親というのも、子どものことを信頼しきれずに、つい、ああしなさい、こうしなさいと言ってしまうのでしょう。
おそらく質問者の妻も、夫を信頼しきれていない部分が残っているから、つい口を出してしまうのだと思います。僕の考える理想の老夫婦の姿は、あまり言葉に出さずとも、お互いを信頼しすべてを分かり合っているような関係です。いずれそうなりたいなと思っています。
もちろん互いの思いや希望を言葉にして伝え合うのはとても大事なことです。けれど、相手を信頼していれば余計な口出しは減るとも思います。
アドラー心理学の「課題の分離」にとらわれ過ぎて、これは自分の課題、これは他者の課題と堅苦しく考えてしまうと余計に問題がややこしくなるかもしれません。であれば、まずは「信頼」というキーワードで関係を考えてみるのもよいのではないでしょうか。
岸見:介入される側は、「あなたのためだから」と言われると押しつけがましさを感じますよね。もし言うのであれば、率直に「私はあなたのことが心配でたまらないから」と言うほうが望ましいかもしれません。そういったことをはっきり言い合える関係をまずは築き、それを長年続けて信頼が醸成されれば、古賀さんが言うような理想の老夫婦になれるのだと思います。