メールでもLINEでも、仕事でもプライベートでも、「どう返事しようかな」と長時間悩んでしまうことはありませんか?
国立国語研究所の教授が「雑な文章」を「ていねいな文章」へ書き換える方法をbefore→after形式で教える『ていねいな文章大全』から、「返事しないという返信」について紹介します。(構成・写真/ダイヤモンド社・今野良介)

文章には限界がある

上手な文章の書き方を知っていれば、それだけ説得力の高い文章を書くことができる。この前提自体は間違ってはいません。

しかし、そこには一つの大きな落とし穴があります。

それは、文章の書き方をいくら改善しても、文章の説得力には限界があり、相手が拒絶しているときはどう書いても説得できないという厳しい現実です。

たとえば、何か相手に依頼したいことがあり、どうしても「うん」と言わせたいとします。しかし、相手がその依頼を受け入れるつもりがまったくない場合、文章をどのように書いてもうまくいくことはありません。

文章の書き方によって相手が心を動かされ、「うん」と言う可能性があるのは、その依頼を受け入れる可能性が相手に多少でもある場合に限られます。

まったく好みでもタイプでもない相手から来たラブレターの文面が、どんなに感動的なものであろうとも、お付き合いに発展することはないでしょう。一方、一途に思いつづける相手から来たラブレターであれば、どんなに文面が稚拙でも、お付き合いに発展するはずです。

もちろん、まったく意識したこともなかった相手から届いたラブレターの言葉に感動し、送ってくれた相手のまっすぐな気持ちを意識するようになり、お付き合いに発展することはあるでしょうが、まったく脈のない相手から届いたラブレターの場合、文章の巧拙にかかわらず効果は見こめません。

言葉には人の心を動かす力はありますが、その力は万能ではありません。文章が万能でない以上、文章をどのように書くかだけでなく、文章を書くか書かないかという観点で見る必要があります。書いても効果が得られない文章は書いても無駄に終わりますし、文章を書いてしまったことで事態がかえって悪い方向に進むことさえあるからです。

このように、文章を書かないという選択肢を考慮することもまた、文章技術の一つと言えます。

とくに、文章を書くか書かないかを考える必要があるのがメールの返信です。ここでは、メールの返信を出さないほうがよい場合を考えてみましょう。

メールの返信を出さないほうがよいのは、次の四つの場合です。

【返信を出さないほうがよい場合】
① ネガティブな返信:返信を出すことで、かえって人間関係の悪化が予想される場合
② 気を遣わせる返信:返信を出すことで、忙しい相手を煩わせる可能性がある場合
③ 確認不十分の返信:書き手が忙しくて、十分な返信を出すことが難しい場合
④ 無言の返信   :返信を出さないことが、ある種の返事となる場合

本記事では④「無言の返信」について扱います。

既読スルーが「返事」であると知らない人へ

ここでいう「無言の返信」とは、返信を出さないことが、ある種の返事として機能する場合です。

とくに断りの返信の場合は、出さずに済ませたほうがよい場合もあります。

【Before】
「日本語の専門家である石黒先生に質問です。実際の日本語では疑問文の終わりに終助詞「か」がつくことが少ないのに、教科書では「か」をつけるように教えます。なぜですか。」という質問を受けて)
▶︎ご質問ありがとうございました。面白いところに気づきましたね。ただ、あなたがどのようなお立場の方で、なぜこのようなご質問をしてこられたのかがわからないと、このご質問には回答のしようがありません。まずは、そこから教えていただけないでしょうか。

私のところにはときどきこうした質問が届きますが、それにお答えすることはしていません。

それは、私のするべき仕事ではないからです。

【After】
「日本語の専門家である石黒先生に質問です。実際の日本語では疑問文の終わりに終助詞「か」がつくことが少ないのに、教科書では「か」をつけるように教えます。なぜですか。」という質問を受けて)
▶︎(返信はしない)

ホームページ上にメールアドレスを公開している人はもちろん、SNSをやっていれば知らない人からの問い合わせや依頼が来るものです。もちろん、問い合わせや依頼に回答したほうが親切ではあるのですが、知らない人からのメールには本来、回答する義務はありませんし、回答するにしても断ることになりがちです。

いずれ断るのに、返信という形で先方とのやりとりのチャネルを作ってしまうと、労力だけ使って結局はお互い気まずくなることも少なくありません。

それであれば、返事をしないことに気持ち悪さを感じても、最初から無視してしまったほうがよいと思います。

いい加減な部下には、届いたメールには返信する義務があると教えたほうがよいでしょうが、真面目すぎる部下には、届いたメールすべてに返信する義務はないと教えたほうがよいでしょう。

返信をしないということもまた返信であり、対面のときの沈黙が話を終わらせる合図になるように、メールにおける無返信もやりとりを終わらせる合図となります。

無理に言葉にしてやりとりを切断するよりも、無返信によって自然にやりとりを終わらせたほうがよいということも頭に置く必要がありそうです。

拙著『ていねいな文章大全』では、このほかにも、テキストコミュニケーションにおけるポイントを、すべてbefore→after形式で豊富に紹介しています。