どの大学を出たかは重要ではない

 平等を重視する立場から、フィンランドは学校格差を嫌うので、日本のような明確なエリート校や名門校はない。ただし歴史的に古い、高級住宅街にあるなどの理由で、日本風に言うとエリート校のような小中学校、高校はいくつかある。

 ただ、フィンランドでは、どの高校や大学を出たかはそれほど重要ではない。学校名や大学名ではなく、何を学び、どう生きていくかの方が重視されている。また「学歴」が意味するものも異なる。

 日本の学歴は、「○○大学卒」といった学校名を指す。しかし、フィンランドで学歴は学名ではなく学士、修士、博士などの学位を指す。日本を学歴社会と思っている人は多いが、実際には学校名社会である。また、有名4年制大学を出ると高学歴とされるが、国際的に見れば学士は「低い高等教育」であり、低学歴とも言える。

 フィンランドは高学歴化しており、会社勤務や政治家でも修士以上の学位を持つ人は多い。多くの分野で少なくとも修士が求められるようになっていて、高学歴というのは修士以上を指す。

 一方で、教育を若い時に限らないのもフィンランドの特長だ。日本では、高校卒業後すぐ大学に進学するのが普通で、大学は10代終わりから20代初めの若者だらけだが、フィンランドでは、2000年代初めまで大学入学者の平均年齢は20代後半だった。

 フィンランドには、高校卒業後すぐ大学進学、大学3年頃に就職活動開始、卒業後すぐ就職といったシステムがない。いつ大学に行くか、どういう順序で生きるかは、自由な社会である。

社会人という概念もない

 日本では、学校や大学を卒業し就職すると、「社会人」になるが、フィンランドには「社会人」という概念はなく、学生を終えて社会人になるという考え方もない。学校や大学も社会の一部であり、そもそも人は、生まれ落ちた時から死に至るまで社会の中で生きている。「社会人」というのは、実は奇妙な概念なのだ。

 日本では学生と社会人が二分されていて、卒業し就職すると学校とは離れ、学ばなくなることとも関係があるだろう。しかしフィンランドでは、職業経験を経て30代、40代になって修士や博士を取るために大学に所属し、論文を書く人は珍しくない。「学校」と「社会」は分かれておらず、行き来できる生き方とも言える。