「結局あんたの手柄かよ」
新支店長のあいさつにしらける社員

 支店長の引き継ぎ期間は、およそ2週間。最終日の前日には、支店長の歓送迎会が開かれる。宴もたけなわとなった頃合いで、新支店長からあいさつの言葉が始まる。それまでガヤガヤと盛り上がっていた一同が、水を打ったように静まる。独特の雰囲気が醸し出される。

「只今ご紹介いただきました、山岡豊と申します。前任部店は検査部でして、支店長ポストの待命でしたが、今、ここにおられる村上支店長のような、ご立派な支店長の方々がいつまでもご活躍されていたおかげで、2年も待たされてしまいました。おかげでガラにもない営業及び事務効率化企画のチェックばかりをやっていたもんですから、他人のアラ探しをするためのPDCA(※)がやたら詳しくなってしまいまして…」

※PDCA…Plan(計画)Do(実行)Check(評価)Action(改善)の4プロセスを繰り返すことによる業務・品質の改善方法

 話のツカミで笑いを取ろうとしたが、完全に滑っていて誰も笑わない。私の勤務するM銀行では、支店の他に検査部などの専門部署があり、250人近い部長が在籍する。小さな部でも15人ぐらい、大きな部署になれば300人近い部下の運命を背負うことになる。

 それらの部長は役員の監視下に置かれる身だが、支店では支店長こそが絶対的存在。目の前に自分より立場が上の社員がいないと、やりたい放題になってしまう支店長がいるのも事実だ。

 山岡豊新支店長のあいさつはこの後、自慢たっぷりの自身の個人史へと移っていった。

「学生時代はサッカー一筋。中学からサンフレッチェのユースにおりまして、フォワードをやっていました。ボールを見ると、何としてもゴールを決めてやろうと周りが見えなくなっちゃうんですね。仕事もそんな感じであることを、若い頃から上司に怒られてました」

 正座して聞いていた女性行員が、足のしびれを気にしだす。話は永遠に続くんじゃないか。

「ただね、私のモットーなんですが、いいパスが来たらゴールは外しませんよ。担当者ってのはね、お客さんのところを足で回って『案件』というボールを『ライバル行』という敵から奪い取って、いいパスを上げさえすれば、私みたいな『ストライカー』が絶対に決めるってね…」

 なるほど、自分で言う通り、周囲が見えなくなるのは間違っていないようだ。いや、むしろ「空気が読めない」と言ったほうが近いのかも知れない。体育会出身の支店長が、青春時代を捧げたスポーツに例えて仕事を語る失敗例が、正にこれである。こんな話を聞かされている我々の反応や顔色が見えていない。「結局あんたの手柄かよ」としらけたムードが漂う。