「もうあてもないし、お金はなくなるし、いつまでもさまよっているわけにはいかないから、ここで死んじゃおうかと言いました」

 津村は自分の中に新しい生命が宿っているのに気づいた。翌年誕生する長男の吉村司である。

 今回、両親についての話をお願いし、応じてくれた司が、津村から「死にましょうか」の話をきいたのは大学生のときだった。

「ゴザを敷いて、毛糸の商品を売るような商いで、払っても払っても、セーターの上に雪が降り積もっていく。貧しいし、新婚の夫はほっつき歩いている。店番をさせられた母は膀胱炎にもなった。母は福井の社長令嬢ですよ。まあ、ここで終わりと思ったんでしょう」

 そもそも津村にとって、吉村との結婚は、こんなはずではなかったという想定外の連続だった。

文学結婚の裏にある
吉村の覚悟と執筆の道

 2人は学習院大学の文芸部で出会い、ともに小説家志望のいわば文学結婚だった。

「結婚前の学生時代に、2人で満員電車に乗ったとき、手の甲が触れただけで、父は顔が真っ赤になった。それくらい母に惚れてたんですよ。あとになって父がその話をしたら、母は、まあ、そうだったの?という感じでしたけど」

 ベタ惚れ、という感じだったんでしょうか?と尋ねると、「まあ、そうでしょうね」と司はうなずいた。