一方の津村は吉村が発表した小説『死体』を読んで、
学生が書いたとは思えない、才能を感じたのだ。津村との結婚のために吉村は兄が経営する紡績会社に就職したが、結婚の1週間前に突然勤めを辞めてしまう。
サラリーマンと結婚すると思っていた津村は言葉を失った。夫は定収入という安定をあっさり捨ててしまったのだ。兄の庇護を受けるのは嫌だと吉村は言ったが、小説を書く時間がほしかったのではないかと津村は思った。
収入が途絶えたので、吉村は自分で事業を始めた。紡績の知識はあったので原毛を買いつけ、撚糸工場に発注して業者に売るというものだ。吉村に小説以外の事業の才覚があったのは意外な印象を受ける。
夫婦で挑んだ商売の道
吉村昭と津村節子の試練と絆
新婚のアパートに「東京紡績株式会社」の看板を掲げ、吉村が社長、津村はいきなり無給の経理係兼電話番になった。
津村が当時のことを記している。