ベースは「西遊記」、粉々になった悟空のかけらを集める
発売初日、複数の記事で共通して語られていたポイントを拾ってみると、「黒悟空」(英語名は「Black Myth: Wukong」)とは「100%中国人チームによって開発」された、「AAAランク」のゲームであり、「名著『西遊記』を土台」にして「中国各地の文物や古蹟を背景に」展開する、「完全中国オリジナル」で「中国独自の」「スペクタクル」な「ソロプレイ(1人で遊べる)ゲーム」らしい。
「西遊記」と聞けば、日本人でも関心を持つ人もいるだろう。ただし、このゲームは孫悟空らが三蔵法師のお供をして天竺に向かうというよく知られた話ではなく、「そのずっと後」を舞台にしたもの。取経という功績を挙げた悟空は官位をもらって西安で崇め奉られる生活を嫌い、故郷の花果山に帰り、以前のような暴れん坊に戻って暮らそうとしたところ、天の怒りに触れて送り込まれた兵隊たちと戦って生命を落としてしまった――という前提になっている。
ゲームのプレイヤーたちは、石にされて粉々になった悟空の復活を求めて、敵と戦いながら中国各地を旅して、そのかけらを拾い集める……という筋立てだ。
8月19日から一部サイトで優先ダウンロードが始まり、翌20日には前述したようなニュースサイトどころか、政府系の全国テレビ放送の中国中央電視台や国営通信社の新華社までもがそれを喧伝。外交部(外務省に相当)の定例記者会見でも報道官が絶賛してみせたというのだから、国家レベルの「事件」だったことがうかがえる。
元テンセント社員が立ち上げた会社、場所は中国共産党の聖地
ゲームを開発したのは、元テンセントのゲーム開発部門にいたメンバーたちが2014年に作った「遊戯科学」(ゲーム・サイエンス)という会社で、「ブームにまどわされない独自のゲームづくり」がモットーだという。ブームにはまどわされたくないけれど、ブームは巻き起こしたい、ということらしい。
この遊戯科学には、大御所テンセントが5%を出資、残りは創業者の馮驥CEOが38.76%、またその他社内関係者が37.1%の株式を握っているほか、「英雄互娯科技」というゲーム会社が19%を投じている。
調べてみると、どうやらこの英雄互娯科技こそが前代未聞の今回のマーケティングの鍵を握っているようだ。というのも、同社は陝西省延安市に本拠地を置き、同市政府から「重点支援上場企業」に指定されている。この延安という地は、かつてまだゲリラだった中国共産党が中国国民党との国共内戦を経て劣勢となった後、毛沢東が指揮系統を固めて再決起した地として中国では知らぬ者はいないお土地柄である。
つまり、英雄互娯科技とは、中国共産党の聖地で地元政府の支援を受けている企業だと知れば、まるで号令がけされたようなマーケティング展開の裏にある意図も理解しやすい。
「黒悟空」はさらに、開発中だった2022年にも浙江省杭州市政府の「アニメ・ゲーム、eスポーツ産業の高質発展」政策の資金支援対象に選ばれており、まだヒット作を出していたわけではない企業が、破格の扱いを受けていたことがよく分かる。