経済、化学などの分野で重要性増すAI
13年からヒントン氏はGoogleで研究を行った。その10年後の23年5月、同氏は、「AIの成長は想定を超え人類滅亡のリスクが高まった」と考え同社を退職した。現在のヒントン氏は、AIが学習を重ねると人類よりも賢くなり、支配権を握る恐れがあると考えているようだ。同氏によると、そうした変化は今後5~20年の間に起き得るという。
ヒントン氏は、「AIの脅威をどう抑えるか、方策は見つかっていない」と指摘。政府はAIの成長に加え安全面を支える計算設備を確保すべき、と考えている。同氏の主張の背景には、米国の有力企業が、AIで労働力を代替しようとしていることなどがあるだろう。経済学的に、AIが仕事を奪うという論点は興味深い。
今年のノーベル経済学賞の受賞者であるアセモグル教授は、この点に関する重要な研究を発表している。同氏は、社会の仕組みや制度がどのように形成され、国家の繁栄につながるかに関する功績が評価されている。その功績もあり、サイモン・ジョンソン氏(米MIT教授)、ジェームズ・ロビンソン氏(米シカゴ大学教授)と共に経済学賞を受賞した。
今年4月にアセモグル氏が発表した論文『The Simple Macroeconomics of AI』は、今後10年間でAIによる生産性の引き上げ効果が、高く見積もっても「0.71%」だと指摘した。AIが扱う業務が高度だと、むしろ押し上げ効果は低減するという。参考までに、わが国の潜在成長率は0.64%、労働・資本以外の寄与度は0.59ポイントである(日本銀行のデータ)。
アセモグル教授は、「AIが人間から奪う職業は全体の5%にとどまる」とも指摘した。そしてこのレベルでは、革命というには物足りないというのが同氏の論考だ。データセンター建設のコスト、半導体開発、生産などのサプライチェーン整備、AIトレーニングのための電力消費問題、そして半導体分野での米中対立などを考えると、同氏が指摘するように、AIが世界経済に革命をもたらすかは不確定な要素が多い。
他方、今年の化学賞は、そうした問題に対応しつつAIを用いるヒントを世界に示したといえるかもしれない。化学賞は、GoogleのAI開発部門のデミス・ハサビス氏とジョン・ジャンパー氏、米ワシントン大学のデービッド・ベーカー教授が受賞した。ハサビス、ジャンパー両氏は、「アルファフォールド」というAIを開発。アルファフォールドは、アミノ酸のつながり方を学習し、過去に構造が特定された2億個のたんぱく質の仕組みの予測に成功した。