BtoCよりもBtoBの分野でAI利用は加速か
ハサビス氏は、囲碁AIの「アルファ碁」の開発企業を率いた人物であり、ゲーム分野で培ったAI技術を化学の分野に応用した。また、ベーカー教授は「ロゼッタフォールド」などのAIを開発し、新しいたんぱく質を人工的に設計することに成功した。ベーカー教授が生み出したたんぱく質の設計技術を使うと、医薬品やワクチンの開発などの創薬分野にとどまらず、廃棄物の分解など、人類が直面する問題解決が加速する可能性が高いといわれている。
授賞理由ではAIとの関係性が触れられていないものの、医学分野でもAIの果たす役割は増えるだろう。本年の生理学・医学賞は、米マサチューセッツ大学のビクター・アンブロス教授と、米ハーバード大学のゲイリー・ラブカン教授が受賞した。理由は、ヒトの遺伝子の働きを制御する「マイクロRNA分子」を発見したことだ。
93年、アンブロス氏らは線虫の遺伝子からマイクロRNAを発見した。当時、線虫特有の遺伝子は人類に当てはまらない、と懐疑的な見方は多かった。その後、AIなど計算技術の向上もあり、アンブロス氏らの研究成果の正しさが明らかになった。今日、がん細胞を早期に識別可能なAIの研究も加速している。
化学賞を受賞したハサビス氏は、「AIは科学的発見を加速させる究極のツール」と述べた。AIは物事の原因と結果を合理的に結び付ける。AIの成長により、人間の意思決定の合理的ではない側面、創薬技術、遺伝子の仕組み、さらには気候変動や経済格差などの原因と結果を、現実に即し、感情を排して理解する可能性は高まるだろう。そうしたベネフィットが威力を発揮するのは、情報検索など対消費者(BtoC)より、対企業(BtoB)や研究などの分野であると考えられる。
現在、マイクロソフトなど有力企業が「コパイロット」など主に消費者向けのAIサービスの提供を急いでいる。背景には、AIが生成AIから汎用型のAI(AGI)へ、または人類の叡智を超えたAI(ASI)へ向かうとの長期的な期待がある。ただ、一部のサービスは無料であり、巨額の投資を付加価値獲得につなげるには時間がかかっている。
そうした問題の解決は、一朝一夕には進まないだろう。当面、用途を絞った特化型AIに商機を見いだす企業が増加する可能性は高いと考えられる。実際、カナダではコーヒアなどの新興企業が、法人向けに特化したAIサービスを提供し、AI産業が集積しつつある。新興企業がどのようにしてGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)など大手と競争するのか。これまで以上にAI関連業界はダイナミックな変化を見せるだろう。