「褒められるのは好きですか?」と聞かれて、NOと答える人は少数派だろう。仕事で、学校で、家庭で、ふとした瞬間にもらう「褒め」には、人生を明るくする力がある。
そんな思い出すたびうれしくなってしまう「褒め」エピソードを漫画化したのが「たまに取り出せる褒め」だ。作者はイラストレーター・漫画家として活動する室木おすし(https://x.com/susics2011)。
2020年に「オモコロ(https://omocoro.jp/)」上で連載を開始し、X(旧Twitter)に「マーベラス」というエピソードを公開したところ約1万RP、2.6万いいねを獲得。「鬱陶しい職場」というエピソードには約1万RP、6.2万いいねがつき、『たまに取り出せる褒め』(KADOKAWA)として書籍化された。
「褒められた」記憶が、なぜこんなに人の心をつかむのか。著者の室木おすし氏にインタビューを行った。
(構成/ダイヤモンド社 金井弓子)
いいね! が止まらない「たまに取り出せる褒め」とは?
――『たまに取り出せる褒め』とはどんな漫画なのか、あらためて教えてください。
室木おすし(以下、室木):誰しももっている、忘れられない褒められエピソードを漫画化した作品です。誰かの小さな褒められた思い出を教えてもらうことで、「ああいいな」と他人の幸せにひょいと相乗りさせてもらい、そのまま海でも見に行こうかというような、嬉しさの便乗のような本です。書籍化の際にはヨシタケシンスケさんや佐久間行さんの体験談を含む10エピソードを収録しています。
――どのエピソードも、読んでいてじんわり心があたたかくなりました。なかでも「鬱陶しい職場」というエピソードはX(Twitter)で6.2万もいいねがつき、反響が大きかったようですね。
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――こんな変な職場でどう「褒め」が生まれるのかわからずに読み進めていたのですが、主人公が産休に入る送別会でかけられた思いがけない言葉に、うるっときてしまいました。
室木:そう思っていただけてうれしいです。「鬱陶しい職場」はグリルチキンさんという方が投稿してくださったエピソードがもとになっているんです。それに私の方でけっこう大胆に演出を加えて漫画にしたものなんです。だからグリルチキンさんにお見せするとき、どんな反応が返ってくるか心配だったのですが、メールで喜んでくれまして、それもとてもうれしかったです。
大人は、褒められると泣いてしまう
――書籍化した『たまに取り出せる褒め』の読者からは、どんな反応がありましたか?
室木:反響でいうと、自分の褒められたエピソードを思い出したという声が多いように思います。あとは「泣いた」というのも多いです。
――泣いてしまう気持ち、わかります。他人の記憶なのに、なぜか自分の過去の記憶とつながって、あたたかく切ない気持ちになるんですよね。
室木:そうなんですよ。そして他人の嬉しさを自分のことのように嬉しく思えた瞬間、世界がものすごく幸せに満ちているような気になるんです。これは下手したら違法かもしれない。ほんとそれくらい凄い効果があるような気がしてます。あとはすごく“生っぽい”感想も多いです。『「お前がいないとうちら会うことないもん」と地元の友達に言われたことを思い出した。』という感想をもらったことがあって。地元の友達というところも含めこの短い文で強烈に良い思い出だなと思いました。
――たしかに、めちゃくちゃいい話です!
みんな、自分の「褒められ」を聞いて欲しい
――そもそも、なぜ「褒め」を漫画にしようと思われたんですか? じつはだいぶエッジのたった企画ですよね。
室木:まず私自身が、中学の頃の小さな褒められエピソードをことあるごとに思い出して、いまだにニヤリとしている人間なんです。その状況が、滑稽で人間味があって面白いなと思ったところから漫画を描いてみようと思いました。
――書籍に収録されている「ピザポテト」というエピソードですね。中学校の同級生とのお菓子パーティーにピザポテトを持って行って、お菓子のセンスを褒められる話。
室木:変な話ですよね(笑)。でも、「ピザポテト」は読んだ人の反応がとても良かったんです。なので、もう一つ自分の褒められたエピソードの漫画を作りました。それはわりとストレートに褒められたエピソードのものだったのですが、そちらの反応もとても良く、全然関係ない他人でも褒められているエピソードというのはうれしいものなのだなと感じました。
――それでどんどんエピソードを描いていったんですね?
室木:いえ。これはいいぞと思ったのですが、その時点で自分の中の褒められたエピソードが枯渇してしまったんです。だったら他の人のそういった経験を聞いてみたいし、もしそれが漫画にできたらいいなと思い、エピソードを募集してみたんです。すると30通くらい応募がありまして、それを漫画にしてみた、というのが企画の始まりです。
――自分の体験ではないエピソードを描いてみてどうでしたか?
室木:誰かが褒められているエピソードを読むと、そこに自分を投影して自分のことのように嬉しかったりするし、はたまた他人として褒められている人を「良かったねぇ」と慈しんだり、いろいろな立場から幸せを吸引できる気がしています。そこにこの企画の価値があると思っているし、企画を続けている理由でもあります。
要するにやっていて結構「得」が多い作業だなと思っています。ただ、どうしても自分のフィルターをかけてしまうので、投稿者様の純粋の感情を抽出できるようになれば、バリーション豊かにもっと面白くなるかもとも思います。今後はそこら辺の腕を磨いて、より誰かの嬉しさを共有できるようにしていければいいなと思ってます。