「芸術の秋」に
一流音楽家の表現に学ぼう

 次に、「芸術の秋」の一冊だ。

 例えば音楽の場合、個人的な感覚ではあるが、夏フェスなどでガンガン盛り上がった後、秋口にかけてはクラシックや、ゆったり系のジャズを味わいながら聴くのがふさわしい――。というわけで、オーケストラのコンサートマスターが著した『音楽が人智を超える瞬間』(ポプラ新書)を取り上げよう。

 著者の篠崎史紀氏は、日本を代表するオーケストラであるNHK交響楽団(N響)で、26年間「第1コンサートマスター」を務めてきたヴァイオリニスト。現在はN響の特別コンサートマスター、九州交響楽団ミュージックアドバイザーという肩書きで活躍中だ。

 オーケストラやクラシックというと、馴染みのない人には堅苦しく思えるかもしれない。そんな人も、篠崎氏の破天荒でくだけた人柄に驚かされるはずだ。「永遠の5歳児」を自称し、「マロ」の愛称、「音楽界の異端児」の異名で、世界中の音楽家や音楽ファンに親しまれている。

 そんな篠崎氏のさまざまなエピソードに触れ、改めて認識させられたのが「想像力」の大切さだ。

楽譜に書かれていないことを
豊かに「妄想」する

書影『音楽が人智を超える瞬間』(篠崎史紀 著、ポプラ新書、税込1100円)音楽が人智を超える瞬間』(篠崎史紀 著、ポプラ新書、税込1100円)

 篠崎さんは、高校を卒業してすぐにヨーロッパに渡り、ウィーンの音楽学校に入学する。そこでのある先生との会話で、楽曲の解釈や演奏が変わったという。

 音楽家がクラシックの楽曲を解釈し、演奏する場合、楽譜を読み込み、そこに書かれていることのほかに、作曲家の資料などを読んで「何を表現しようとしたのか」を正確に理解しようとするのが普通だ。篠崎さんは、もちろん楽譜を読み込むのだが、そこに書かれていないこと、書ききれなかったことを「妄想」する。

 おそらく、その妄想の中では、彼のこれまでの経験や培われた感性と、作曲家の思いが交錯するのだろう。妄想によって、演奏がより深いものになるのだという。

 また、N響のコンサートマスターとして、ロシア出身の高名な指揮者を客演に迎えた際のエピソードは、胸に迫るものがある。

 そのマエストロは、通常は速めのテンポで演奏される曲を、前例のないほどゆっくりとしたテンポでタクトを振った。それに対して、金管奏者などが「息が続かない」と篠崎さんに訴えた。篠崎さんは、指揮者と2人で食事に行き、真意を聞くことにした。

 そこでマエストロは、自身の凄絶な過去を話し、それに感銘を受けた篠崎さんは、楽団員を説得し、見事な演奏を作り上げる。どんな過去だったのかは、ぜひ本を読んでほしい。

 曲の妄想、マエストロの過去を想像することが、素晴らしい表現につながる。ビジネスにおいても、相手の立場や感情を想像し、共感することで、より良いコミュニケーションが生まれ、成果に結びつけることができるだろう。「想像の力」を、本書で身につけてほしい。