経済学用語にまでなったコンコルドの教訓
こうして、採算や航続距離、騒音や環境面で問題視され、当初導入を決めていたパンアメリカン航空やJALなどは、本発注を1976年までにキャンセルしてしまう。その結果、コンコルドは採算ラインの250機に遠く及ばず、20機しか売れなかった。
導入したブリティッシュ・エアウェイズとエールフランスも、飛ばせる路線が限られ、ロンドンまたはパリからニューヨークの大西洋路線を中心に合計7路線しか運航できなかった。
それでも富裕層を中心にコンコルドは絶大な人気を誇っていたが、2000年7月にパリ北部で墜落事故を起こし、113人もの犠牲者を出してしまう。その後、運航再開したものの世界同時多発テロの影響などで航空需要自体が激減し、機体の老朽化も相まって、2003年の最終フライトで幕を閉じた。
なお、コンコルドに関する問題点は開発時点で参加していたメンバーから出ていたそうだ。しかし、「多くの予算を費やした分、やめられない」「長い年月をかけたプロジェクトで、何としてでも成功させたい」といった強い執念から軌道修正できず、結果として停滞、そして失敗につながってしまった。
費用や年月、人員などの投資が無駄になることを惜しむあまり、継続しても利益が見込めないと分かっていても続けてしまう現象を、「コンコルド効果」と呼ぶようになった。経済学や心理学の学術用語にまでなったコンコルドの失敗は、「どんなに性能が良くても顧客が求める製品でなければ意味がない」「失敗が分かれば損切りするべき」といった教訓を今に伝えている。