池田 ただ、自我があるといっても漠然としたもので、「昨日の私と今日の私はちょっと違うな」と思う時もある。でも、それは通常の感覚の範囲内。「10年前の私と今日の私はかなり違う」と思っていても、自我としては同じだと思い込んでいる。地震に譬えれば、揺れを少ししか感じない程度の小さな震度で、自我が揺らぐことはない。

 それに対して統合失調症の発病は巨大地震が起こったようなもので、いきなり自我が大きくズレてしまう。ドアを開けたら世界が一変していたという感覚も、巨大地震に似ているよね。とてつもない恐怖を感じるのは当然だと思う。

「早く認知症になりたい」
介護施設で感じた疎外感

そうねえ、まるっきり変わっちゃったら。

池田 通常は自我が衰えていっても、似ている状態で何となくつながっているから、自我がずっと不変だと思い込むんだよ。その自我がなくなるっていうことは、自分の中にある同一性が消えちゃうことだから、人は死ぬのが怖いんだろうな。

 宗教はほぼ全部、自我不滅説をとっている。死んだ後でも心は残っている、魂は永遠だと説く。死の恐怖を和らげるためだろうね。心や魂は何かっていうと、自我だから。

 死ぬのが怖くないのは、認知症の人。前頭連合野は思考や創造性、意思決定といった役割を担う脳の最高中枢なんだけど、ここの細胞がかなり減っているから、自我を構成するプロセスがうまく作れなくなって、自我が薄くなるんだよね。そうすると、死ぬのが怖くなくなってくる。