フランス人も英語を話す時代

 僕が住んでいた1997~1998年頃のフランスは、事実、ハードルが高い高級レストランもありました。

 アジア人だと慇懃無礼な対応をされたり、舐められて良くない席に通されたり、疲れていて英語で済まそうとすると、「On parle francais en France!(フランスではフランス語を話せ)」といわれたり。カジュアルなレストランではあまりそういうことはなかったんですが、一部特定の高級店は本当にひどかった。ですが、時代は変わりました。

 特に、ユーロが導入された頃くらいからは、観光客だけでなくフランスに住み着く外国人が急増したことで、ある程度繁盛しているレストランで誰も英語ができない、もしくは英語だとあからさまに嫌な態度を取る、という店は皆無になりました(心のなかでどう思っているかは別ですが)。外国人と見ると、こっちが英語で話しかける前に向こうから英語で話してくれることもよくあるくらいです。

感動した一流店のサービス

 世界最高峰のレストランでは、素晴らしいサービスに出会うこともあります。18世紀に起源を遡る老舗フレンチで、ピカソが常連だったという格式高い店「ル・グラン・ヴェフール(Le Grand Vefour)」に20年以上前に行ったときのことを今でも覚えています。当時は三つ星だったと思います。

 ディナーは当然ドレスコードがあったのですが、僕が行ったのはランチだったので、襟付きシャツは着ていたものの、ジャケットは持っていきませんでした。

 入り口で予約した名前を伝えて、中に入ろうとしたところ、ごく自然に「ムッシュ」といわれて、パッとジャケットを差し出され、自然に羽織らせてくれたのでした。何の会話もないまま、です。

「ジャケット持っていますか」「持ってない」「じゃあ着てくれ」ではなく、何もいわずに、用意されていたジャケットを、僕が預けていたものを返してもらうかのように貸してくれたのでした。

 これには感動したことを今でも覚えています。お客さんに全く恥をかかせない、自然な振る舞いでした。

高級店の概念も変化

 最近でいうと、LVMHグループのホテル「シュヴァル・ブラン」のメインダイニングで三つ星の「プレニチュード(Plenitude)」が印象的でした。今パリで最も予約が取れない店です。

 現代的な超高級店なのですが、若いサービス陣の接客はフランクでフレンドリー。会話の中にジョークが飛んできたり、笑いがあったり。緊張させる要素はゼロ。

 でも、サービスマンとして押さえるところはちゃんと押さえている。これが今の方向性なのだと思います。

 パリですら、これが当たり前になっているわけですから、高級店に行くからといって全く緊張する必要はないのです。

(本稿は書籍『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』より一部を抜粋・編集したものです)

浜田岳文(はまだ・たけふみ)
1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮のまずい食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国・地域を踏破。一年の5ヵ月を海外、3ヵ月を東京、4ヵ月を地方で食べ歩く。2017年度「世界のベストレストラン50」全50軒を踏破。「OAD世界のトップレストラン(OAD Top Restaurants)」のレビュアーランキングでは2018年度から6年連続第1位にランクイン。国内のみならず、世界のさまざまなジャンルのトップシェフと交流を持ち、インターネットや雑誌など国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信中。株式会社アクセス・オール・エリアの代表としては、エンターテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの出資も行っている。