トップマネジメントと対話できる
デザイナーの条件

――デザイナーが経営に直接的に貢献できる存在だとしても、一般的にその理解は広がっているとはいえません。どうすればデザイナーは経営に近づけるでしょうか。

 ボトムアップではできることに限界があります。まずは事業設計をリードする気概を持って、プロセスの上流から入ることは重要ですね。私もソニー時代、依頼されたことをそのまま引き受けるのではなく、研究開発チームも含めた座組から関わり、アクティビティーの背景までを把握した上でプロジェクトに参画するように心掛けていました。

 そのためには、デザイン組織の情報感度が高くなければいけません。とにかくトップマネジメントとのコミュニケーションの機会を増やし、経営戦略に関する議論に関わるチャンスをつくる。最終的な意思決定には関わらなくても、結論に至るプロセスのどこかに関わり、デザインの視点でアイデアを出して投げ掛ける。そうした姿勢で「経営者の武器になりたい」という思いを理解してもらうことが大切です。

――おっしゃっている意味は分かりますが、デザインに対する感度が高いソニーのような企業だからできることではないでしょうか。

 ソニーのカルチャーが背景にあることは確かです。ソニーの初代デザイン室(現クリエイティブセンター)長は、後にCEOになった大賀典雄さんですからね。ソニーデザインの歴史が、アーティストとしても、経営者としても出色の存在である大賀さんから始まったことの意味は大きいと思います。

 しかし、当時と今とでは組織の構造も経営層も違いますから、コミュニケーションを成立させる工夫はソニーであっても求められます。デザイン組織のKPI策定に先んじて取り組んできたのもその一つです。トップマネジメントの理解を得ようとすると、どうしても「数字で見せる」必要性があります。デザインの価値は数値化が難しいし、「無理に数値化するとデザインが軽んじられてしまう」と危機感を持つデザイナーも少なくありませんが、売り上げや利益のような定量的な指標だけでなく、「審美性」や「オリジナル性」、「斬新さ」のような定性的な指標も公平にバランス良く評価の俎上に載せるためにこそ、数値化は重要という認識の上に立たなければなりません。

――長谷川さん自身は、数値化に抵抗はありませんでしたか。

 個人的には特に抵抗はなかったですね。だからといって、必要に迫られなければやりませんよ(笑)。しかし、トップマネジメントに数字を重視する人が増えれば増えるほど、そうした人たちと理解し合えるコモンランゲージが必要になる。技術系の人とは「ものづくり」という共通の基盤があるので暗黙的に了解できる範囲が広いけれど、マーケティング系、管理系の人たちとは、やはり数値化が有効な手段となります。

 近年、パナソニック、NECといった日本の大企業にも、デザイナー出身の執行役員やCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)を置く動きが広がっています。そうした立場にいる人たちの中でデザインの暗黙的な価値を把握しながら、常に数値化を意識している人が出てきています。