「おい、目黒!カレンダーは配り終えたのか?カレンダーひとつで取引解消にされることだってあるんだぞ。仕事をなめんなよ」
若い頃、外回りの取引先課課長に口を酸っぱくして怒られたことがある。取引先にしてみたら、保険会社や不動産会社などがいくらでもカレンダーを持参するので、それほど欲しいとは思わないはずだ。しかし、年末の挨拶に訪れたか怠ったかは、カレンダーの有無で分かってしまう。
一見、カレンダー配りは簡単そうに見えるだろうが、なかなか面倒くさいものである。ただ経理窓口に置いて帰るわけにもいかず、訪問すれば「こんにちは、さようなら」の数分程度で終わるわけがない。担当者ひとりで100社以上も担当しているので、12月は本当に憂鬱だった。
訪問先で会長や社長などのトップに会い、今年1年を振り返る。現在セールスしている内容を再確認し、来年もよろしくといった流れでコミュニケーションをとることが「年末挨拶」の目的である。カレンダーを持参することで対面する口実ができるのだ。
「クビだ!すぐに辞めちまえ!」
パワハラ支店長が激怒したカレンダー騒動
このような中、かつて私の先輩がとんでもないことをやらかした。今から25年ほど前、私が初めて地方支店に赴任したF銀行宮崎中央支店で取引先担当だった時のことである。
当時、堂本支店長による毎日のパワハラに、取引先担当の全員がメンタルを病んでいた。私も彼によって、銀行員としての人生を破壊されてしまった。その様子は拙著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』に綴ってあり、さまざまな反響を生んだ。
「お前ら、カレンダーも配れないのか、年が明けちまうぞ!」
「カレンダー、全然減ってないじゃないか?やる気あんのかよ!ボケナスどもが!」
「成績も上がらん、カレンダーすら配れん、一体何ができるんだ?」
檄ではなく罵声そのものだった。12月もあと半分、折り返しに差し掛かったある日、カレンダーが急に減っていることに気づいた。変だなと感じたのは私のひとつ下の後輩である諏訪君も同じだったようで、
「目黒先輩、なんかカレンダー、やたら減ってません?」
私もおかしいとは思ったものの、その日の訪問先でしっかり経営者に会えるのかどうか、自分の心配で精一杯だった。カレンダーが減り、支店長の機嫌も和らいだ頃、その真相が発覚した。
「おい!お前、なんてことしてくれたんだ!クビだ!すぐに辞めちまえ!」
私が遅く帰店すると、堂本支店長の怒号が飛んでいた。諏訪君に何が起きたのか聞くと、日本道路公団(現・NEXCO西日本)のお偉いさんが大きな段ボールを持って支店長を訪ねてきたそうだ。その中に入っていたのが、数えきれないほどのF銀行のカレンダーだった。
「さっきから話を聞いてたんですが、どうやら西山課長代理が、大量のカレンダーを高速のサービスエリアのゴミ箱に捨てちゃってたらしいんですよ」
「なんでバレたのかな?」
「そりゃあ分かりますよ。宮崎県でF銀行はうちしかないんですから」
支店長の甲高い怒鳴り声が、店内に響き渡る。
「いいか?お前のやったことはなあ…郵便局員が年賀状を配りきれなくて川に捨てたのと同じなんだよ!」