2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。

真のPMF(Product Market Fit)が目指すべきレベルとは?Photo: Adobe Stock

「人が欲しがるものを作る」だけでは
十分ではない

「唯一重要なのはPMFすることだ」
 ―マーク・アンドリーセン

 出典:https://a16z.com/12-things-about-product-market-fit/

 スタートアップにとっての最重要概念の1つであるPMF(Product Market Fit)について解説したい。PMFは、2007年にアメリカの著名なベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセンが作った言葉だ。

 2007年以前は、PMFという言葉・概念がなかったので、スタートアップや新規事業は、「欲しがるものを作る」よりも「そのプロダクトがどれくらい売れたのか」しか判断基準がなかった。

 しかし、創業初期のスタートアップにおいて、「売上」を事業進捗の判断軸においてしまうのは、ミスリードにつながる(特に、時期尚早の拡大を誘引してしまう)。

 なぜなら、売上は「結果指標」であり、売上が実際に立つ前の先行要素(カスタマーの活性化率やエンゲージメント率など)が重要になるからだ。

 初期のスタートアップにおいては、ひたすらに売上の伸びを優先的に求めてしまうと、そこに至るまでの要素・プロセスの言語化や定量化することの動機が薄れ、属人化/ブラックボックス化を引き起こしてしまう。

 ここでは、そもそも真のPMFとは何を指すのかを紐解きたい。

人が欲しがるものを作る」というのは重要なPMFの達成基準であるが、それだけでは、十分ではないと考える。

 PMFに関する要素をまとめて、下図のようにパルテノンを作ってみた(一つひとつの項目に関して説明は省くが、全体像を掴んでいただきたい)。

そのPMFに再現性はあるか?

 一般的に抜けがちで、強調したいポイントは「PMFの再現性」である。

 再現性とは「ユーザーがそのプロダクトに熱狂する状態に至るまでのプロセス、先行要素、先行指標を明確にすること」と考えている。ラッキーパンチで人が欲しがるものができた状態には再現性がなく、その後の事業の拡大再生産が難しくなる。

 顧客エンゲージメントに「再現性」を持たせていくには型化・標準化・定量化ができているかの観点で見直す必要がある。

 下図は、縦軸に顧客エンゲージメント、横軸に時間を置いたユーザーのエンゲージメントレベルをシンプルに表した図である。すべてのプロダクトにおいて、このような図に表すことができる。

そのプロダクトは、
人々の価値観や習慣を変えるか?

 あなたがハマっているプロダクトを想起してほしい。現在は、毎日それがないと、生活が成り立たないかもしれないが、最初、そのプロダクトに出会った段階ではプロダクトについて前提知識はなく、「使ってみようかな」と思うような状態だっただろう。

 そして、使用を重ねる中で自分の「行動」がどんどん変容して、そのプロダクトが徐々に生活やオペレーションに入り込んでいった。

 結果「習慣」が変容し、最終的にはプロダクトがないと生活が成り立たないレベルになった。この状態になると、自分の「価値観」に変容が起きたと言えるだろう。

 たとえば、Zoomなどによってリモートワークするのが当たり前の時代になり、仕事の「習慣」は変容した。その結果、リモートワークが生活の中心になり、たとえば、ワーケーションをしたり、地方に移住する人も増えた。これは仕事や生活の「価値観」が変容した状態と言えるだろう。

「価値観」の変容までくると、プロダクトはもはや生活のインフラレベルになり、プロダクトに対して非常に高いエンゲージメントを持つことになる

 ただ、そういう強いエンゲージメントに至るにはどのようなハードルがあり、そのハードルを払拭するソリューション/施策は何なのかを明確にする必要がある。上図のように、ユーザーのレベルをきちんと定義した上で、それらを明確にすることをおすすめする。

 このユーザーのエンゲージメントレベルに、後ほど紹介するカスタマーヘルススコアを掛け合わせていくと、さらに顧客の状態理解の解像度が高まるようになる。

(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。