こんな話がある。力、すなわちパワーのある車は、たとえレース序盤、たとえ後方の位置についていたとしてもトップに躍り出られる。ただし、それはドライバーの頭脳次第だ。下手がそれをすると事故を起こす。怪我をする――。

 ピアニストとしての大倉の経歴のうち、出身高校は確かに主流から外れたものかもしれない。しかし、その出身高校は関西では灘、甲陽と共に名のある名門「六甲学院」である。毎年、国公立大学に100名以上の合格者を出し、東大、京大、阪大をはじめとする旧帝国大学にも数多の人材を送り込む進学校だ。

 もっとも「京芸」出身という経歴だけを見れば、大倉も並み居る音楽エリートのひとりと言えるかもしれない。だが、「音高出身」が幅を利かす名門音楽大学という、いわば「アウェイの場」において、“六甲出身”という頭脳を武器にのし上がっていった大倉は、もはや音楽を外した「エリート」と見たほうが、より大倉という人物の本質を表しているという声も、今や音楽界隈ですら耳にする。

 例えば関東の若き注目株として知られるピアニスト・飯島聡史とのピアノ・デュオ、そしてオルガニスト・高橋和哉も交えた国立音大勢とのコラボといった取り組みが、その例として挙げられよう。界隈では、これまでにない若手音楽家による新たな動きとして認識され、その動きはクラシックピアノファンの間で注目を集めている。

クラシックファン拡大の騎手
自然と人が集まる魅力とは

「ハンサムなルックスの若い男性3人のスターによる共演。音楽に馴染みのない人にも親しみやすくていい。こうした流れは今後加速化するのではないか」

 こう語るのは、クラシックピアノを担当している全国紙の文化部記者だ。彼は若手音楽家による新たなるファン層の拡大へと繋がる取り組み、その牽引役が大倉だと見ている。

 事実、近頃では前出の飯島、高橋のみならず、年若のわりにその実力からクラシックファンの間ではその名が知られているサックス奏者の上原心、オーボエ奏者の葛城裕也といった面々とも大倉が絡んでいる。

 やはり、ニックネームの「エンツ(エンツォ)」よろしく、大倉の周りには人が集う。それだけ人を惹きつけてやまない魅力が、彼には備わっているのだろう。