歯科クリニックの受付として働いていた彼女はこう語った。

【ロサンゼルス山火事ルポ】「もはや戦場だ…」現地在住ジャーナリストがつづる、過去最大の恐怖と一縷の望み歯科クリニックが焼失して職を失った女性 Photo by M.Nagano

「最先端の治療機器を揃えたクリニックで、歯科医は2人。これからどうやってボスたちが再建するのか見当もつかない。私も職を探さないといけないんだろうし。この場合、失業手当って出るのかな?出てくれなきゃ困るけど」

 大統領のヘリコプターとテレビカメラの存在に興奮して走り回る幼い子どもたちに向かって、彼女は「マスクは絶対に取っちゃダメ!灰だらけの空気を直に吸わないで!」とたしなめていた。

 そして翌日の1月9日。LA市内に設置された避難所のひとつ、ウェストウッド・レクリエーション・センターに行ってみた。赤十字と地元のボランティアたち約100人が中心になって避難所を運営しており、連邦政府のFEMA(連邦緊急事態管理庁)の職員たちの姿はまだなかった。火災のほぼ初日からFEMA職員たちが常駐していた過去のマリブ地区の火災とは、やや事情が違っていた。

クルマで逃げようとしたら
自分の髪の毛が燃えていた

 270人用の簡易ベッドが設置された体育館にはすでに250人が収容されており、ほぼ満員に近かった。「私、何もかも失ってしまった」と語るのは、パリセーズ住民で、60代後半のジュリアさんだ。

 7日の午後、パリセーズの自宅に火災が迫りつつあると知った彼女は、慌ててスーツケース3つに貴重品や所持品を詰め込んだ。1つ目のスーツケースを玄関から持ち出そうとした瞬間に、玄関脇にあったヤシの木が真っ赤に燃えてドーンと倒れてきた。

【ロサンゼルス山火事ルポ】「もはや戦場だ…」現地在住ジャーナリストがつづる、過去最大の恐怖と一縷の望みバイデン大統領が乗ったヘリコプター Photo by M.Nagano

「今すぐ車を出さないと、ヤシの木の炎が玄関から家中にあっという間に燃え移ると思った」
 
 残った2つのスーツケースを諦め、ガレージ内の車に飛び乗った。周囲はすでに停電していたが、ガレージの正面の電動ドアが奇跡的に開き、車を外に出すことができた。

「ハンドルを握りながら、ちらっと車内のミラーを見たら、自分の髪の毛が燃えていた」とジュリアさん。燃えさかるヤシの木から飛んできた無数の火の粉が車内に浮遊し、それが髪の毛に燃え移り、頭が炎に包まれていた。運転しながら、夢中で髪の毛を引きちぎり、自力で脱出した。