都座の「花菖蒲文禄曾我」に取材した『三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵妻おしづ』のモデル瀬川菊之丞は麗しい外貌とすぐれた演技、典雅な台詞まわしなどがあいまって名女形の誉れが高かった。菊之丞は超高額のギャラをもらい、数人の妾を囲っていた役者でもある。

 写楽は瓜実(うりざね)顔、通った鼻筋、受け口と菊之丞の特徴を余すところなく伝えている。

【大河ドラマ・べらぼう】写楽が暴いた「役者の本性」タブー破りの「毒」が強力すぎた同書より

 だが、この一枚から伝わるのは美貌や名演技よりも菊之丞が男であることの虚構だった。言葉を飾らずにいえば、写楽の菊之丞はさほど美しくない。身心の不調を暗示する病鉢巻という小物やこめかみに貼りつくほつれ毛といった“演出”も「おしづ」という役のみならず、菊之丞のやつれた感じを助長している(この舞台でおしずは病鉢巻をしていなかったという指摘がある。あくまで蔦重-写楽の作為だった)。

 このとき菊之丞は御年44、初老の域に達していた。「そろそろ」あるいは「もう」女を演じるには限界が兆していた……。

【大河ドラマ・べらぼう】写楽が暴いた「役者の本性」タブー破りの「毒」が強力すぎた『蔦屋重三郎 江戸の反骨メディア王』(増田晶文、新潮選書)