「職場で連中はどんな代名詞を使うかを問題にしてるんだ。メールの署名欄に自分の代名詞も入れて、クライアントにもどんな代名詞で呼んでほしいか訊けっていうんだぜ。ばかばかしいったらないよ。どうやら僕みたいなおっさんでも女性になれるらしいね。君には僕が女性に見える?」。彼女が声を立てて笑う。わたしの横に座るカップルが目配せしているのが目の端に見えた。
今日トランスのアクティビズムほど政治的・感情的に議論を呼ぶものはまずないだろう。『ハリー・ポッター』シリーズのファンですら、J・K・ローリングが出生時に女性とされたトランスの人びとの呼び方を大っぴらに揶揄して以来、真っぷたつに分かれてしまった。
ローリングが最初に物議をかもすツイートをしたのは2020年で、「月経がある人」を女性と明言しなかった記事をからかった。「そうした人をさす言葉は前からあったと思うけど。誰か教えて。ウンベンだっけ?ウインパンド?ウーマッド?」。
すぐさま「J・K・ローリングはTERF(編集部注/trans-exclusionary radical feminist トランス排除的ラディカルフェミニスト)」というメッセージがツイッターでトレンドになった。多くの読者が激怒し、なかには『ハリー・ポッター』の本を燃やすようすをティックトックにあげる者もいた。
女性として生まれたが
ゲイとなり子どもを授かる
トリスタン・リーズの人生は、まったく異なるふたつのパートに分けられる。2017年に「妊娠した男性」として世界的に知られるようになる前と後の人生だ。ニュースになって以来、普通の生活が戻ることはなかった。トリスタンはカナダ出身のトランス男性で、現在はオレゴン州ポートランドに住んでいる。彼と夫のビフ・チャプロウは、自分たちを「たまたまゲイである両親」と説明する。付き合いはじめてわずか1年で、ふたりはビフの3歳になる甥と1歳の姪が児童保護局に連れていかれないよう、子どもたちの保護者になった。それから数年たって、トリスタンはレオを出産した。
その20年近く前、19歳のときにトリスタンはカムアウトした。当時、トランスのアイデンティティについてはほとんど理解されていなかった。多くの人が彼の話にとまどった。「僕は自分が男の子だと言い張る女の子で、それでも女の子のような見た目や声だったし、惹かれるのも男子のほうだった」とトリスタンは回想録『僕たちが家族になった理由』に書いている。