「彼には現状がまったくわかっていなかったんです。軍隊はトランスジェンダーの人間にとって、この国最大の雇用主なんですよ」。裁判所はこの禁止令が有効になるのを阻止し、バイデン大統領(当時)は就任後すぐにこれを撤回した。
スポーツへのトランスの参加をめぐる問題は、より物議をかもす感情的な論争の口火を切った。2021年に開催されたオリンピックのあと、トランスのアスリートは反LGBTQのハラスメントやヘイトの標的になっている。ツイッター(現:X)やフェイスブック、インスタグラムは、自社のプラットフォームで、LGBTQコミュニティをヘイトスピーチから守るべき保護対象グループに分類しているが、2021年開催のオリンピック期間中、トランスのアスリートやスポーツ解説者はソーシャルメディアを介して苛烈なバックラッシュに見舞われた。
トイレで侮蔑された
ボーイッシュな女性
![書影『ゴーイング・メインストリーム 過激主義が主流になる日』(左右社)](https://dol.ismcdn.jp/mwimgs/6/9/200/img_691ffd824acd38a3c2de97a0530c2321106396.jpg)
ユリア・エブナー著、西川美樹訳
トランスの権利を損なう政策は、女性の権利を脅かす法律と手を携えている場合が多い。ポーランドやロシア、ハンガリーでも、女性とLGBTQコミュニティに対する抑圧は密接につながっている。どちらも同じく旧来のヒエラルキーや特権、家族中心の価値観を維持するための策だからだ。テキサス州もその点で良い例だ。2021年、テキサス州心臓鼓動(ハートビート)法により、胎児の鼓動が確認されて以降の中絶が非合法となった。2022年の初頭にテキサス州知事グレッグ・アボットは、トランスジェンダーの未成年者が性別適合医療を受ける場合、その親を「児童虐待」で当局に通報するよう市民に求めた。そして通報しなかった場合は、刑事罰の対象になりうると宣言した。
またトイレ法案をめぐるパニックのせいで、女性は従来どんな外見であるべきかという凝り固まった考えに同化しない女性たちまで被害を受けた。ウォルマートのトイレを使用していたシス女性が、あるとき別の女性にトランス女性と間違えられて侮辱的な言葉を浴びせられたのだが、この一件がソーシャルメディアで拡散された。短い髪と野球帽のせいでこうなじられたのだ。「ああいやらしい!ここはあんたの来るところじゃないよ!」と。
重要なのはトランスの権利がどうあるべきか忌憚なく語り合うことだ。医療やスポーツにおける公平性、女性にとっての安全な空間に関しては、問われて然るべきこともある。とはいえ、マイノリティのコミュニティをますます中傷する、主流化したヘイトに立ち向かうには、直接被害を受ける人たちをもっと保護する仕組みをつくることが必要だ。