ベンチャーやスタートアップと聞いて、何を思い浮かべますか? 熱狂的な立ち上げ時のエピソード? それとも、売却や上場などの華々しい幕引きの瞬間? 実は、そうした「よくある成功エピソード」は起業を成功に導くうえで役に立たない――そう言い切るのが、起業、投資、新規事業創出のいずれにおいても成果を出し続けているスコット・ベルスキ氏です。起業におけるブラックボックスを明るみに出し、「最後に正しい側にいられるかどうか」を決めるうえで必要なあらゆるアドバイスを網羅した『ザ・ミドル 起業の「途上」論』(関美和訳、英治出版)から、珠玉の3編を紹介します(本稿は、同書の一部を抜粋・編集したものです。全3回の2回目)。
起業家がハマりがちな
「あれもこれも」の罠
生えたばかりの若い枝を剪定するときは心が痛む。剪定によって樹木がより健康になることがわかっていても、心が痛い。新たなプロジェクトや機能をあれこれと追いかけて検証し、実験を行っているときもまた、そこで生まれたもののほとんどを、たとえワクワクするものであっても切り捨てなければならなくなる。
うまくいっていないものなら難なく切り捨てられるが、花開きそうな蕾を摘み取るのは辛い。たとえば、成功しそうな兆しはあっても、ビジネスの核に貢献できるほどではないようなものの場合だ。たいがいのチームは少しでも可能性のありそうなプロジェクトなり機能なら、とりあえず選択肢を捨てないために育て続けるものだ。異なる種類のユーザー層に向けて「複数の売上源を確保」したり、「機能を充実」しようと努力したりするアーリーステージの会社を僕は見てきた。「今どんな仕事をしているんですか」と聞かれるたびに、「やるべきことリスト」をいちいち更新するアーティストもいる。数多くのプロジェクトの中から何かひとつ「当たり」を出そうとしているあいだは、すべてを継続する方向で進めがちだ。いくつかを同時並行で進めてひとつに絞らないほうが安全に思えるのだ。
でもそれは違う。たくさんの選択肢を追いかけて抱え込むと、どの方向にも進みにくくなる。熱量は分散され、スピードと集中力も減り、やることが幅広すぎて人材も集めにくい。チームに一貫したビジョンを売り込むことができず、むしろ混乱させてしまう。投資家になってくれそうな人に一言で事業の説明ができず、どっちつかずの印象を与える。あなたが達成したいひとつのことを友達や仕事仲間にクチコミで広めてもらうことも難しくなり、結果、バラバラな情報が広がってしまう。
何より最悪なのは、ひとつの目標を信用してもらえなくなることだ。目標がシンプルでひとつに定まっていれば、信用が蓄積される。時間をかけて解決すべき問題がただひとつなら、あまたの問題やプロジェクトを抱えているときにはできないような深く解像度の高い思考が可能になる。ひとつのプロジェクトやアプローチに没頭すると、チームの全員が集中してひとつにまとまり、プロジェクトが飛躍的に進む可能性が高まる。