伝えたいからこそ心がある

佐々木 レトリックを使ったり、人の気を引くようなことを、あえて書く。僕もそれはそれで、すごくすばらしいことだと思うんです。

「心」という小説を書くことで、<br />亡くなった息子に近づきたかった<br />【姜尚中×佐々木圭一】(後編)姜尚中(カン サンジュン)
1950年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。東京大学大学院情報学環教授。専攻は政治学・政治思想史。著書に『マックス・ウェーバーと近代』『オリエンタリズムの彼方へ』『ナショナリズム』『東北アジア共同の家をめざして』『日朝関係の克服』『在日』『姜尚中の政治学入門』『愛国の作法』『ニッポン・サバイバル』ほか。共著に『ナショナリズムの克服』『デモクラシーの冒険』ほか。

 たとえば新聞小説の場合、その欄を毎日読ませなければいけないわけです。そうしたら、変に高踏的な立場から「こういうものはいかが?」と投げかけるのは間違っている。大切なのは、読者にまず手にとってもらうこと。読んでもらえなければ、どうしようもないんですから。編集者も作家も、「これはいい作品だから」という自己満足に陥ってはいけないし、そこにはいろんなデバイス(装置)が必要だと思いますよ。

佐々木 届かなければ気づいてももらえないし、もちろん読んでもらえない。見た人の気を引く言葉とか仕掛けというのは、サービスだし、エンターテインメントだと思っているんです。本を読んだあとになって、「あのタイトルやキャッチコピーは、こういう意味で使われていたんだ」って気づくのも、本や小説を読むひとつお楽しみですし。

 そのために装丁を考えたり、タイトルを考える。僕も漱石大先生の『こころ』という純文学のそれを使ったけれど、月とすっぽん(笑)。文学研究者からはお叱りを受けるかもしれませんが、それも読者に読んでもらうためのひとつのレトリックです。

 佐々木さんも読んでいただいて、ちょっと意外だと思われたでしょう。これでも僕としては、かなり小説っぽく書いたつもりなんです。

佐々木 とくに後半の残り数十ページは、心がザワザワして仕方ありませんでした。

 この小説は、息子の不幸があったから書けたんです。タイトルは『心』ですが、佐々木さんの本と同じで、僕の本の究極のテーマも「伝える」ということ。心は心だけで自閉していなくて、伝えたいからこそ心がある、という気持ちを込めて。

「心」という小説を書くことで、<br />亡くなった息子に近づきたかった<br />【姜尚中×佐々木圭一】(後編)佐々木圭一(ささき・けいいち)コピーライター/作詞家/上智大学非常勤講師 上智大学大学院を卒業後、97年広告会社に入社。後に伝説のクリエーター、リー・クロウのもと米国で2年間インターナショナルな仕事に従事。日本人初、米国の広告賞One Show Designでゴールド賞を獲得(Mr.Children)。アジア初、6カ国歌姫プロジェクト(アジエンス)。カンヌ国際クリエイティブアワードでシルバー賞他計3つ獲得、AdFestでゴールド賞2つ獲得、など国内外51のアワードを獲得。郷ひろみ・Chemistryの作詞家としてアルバム・オリコン1位を2度獲得。twitter:@keiichisasaki写真/賀地マコト

佐々木 物語の中に、僕が、この1行に姜さんの伝えたいことが入っているんじゃないかと思ったところがあるんです。それは、「僕が『生きる力』をもらえば、その方の『死』も輝く。その方の死が輝くような『永遠』になるのだ」という箇所。

 その一文に帰結するかもしれませんね。実は漱石の『こころ』もデスノベルで、生き残ったのは、私と奥さんだけ。先生も、奥さんのお母さんも、私のお父さんも全部死ぬし、明治天皇や乃木希典も死んでいる。彼の小説の中で、こんなに人が死ぬのは『こころ』だけ。

 僕のほうの『心』のヒーローには、息子の名前をつけました。ヒロインには、僕の憧れの女性を。彼女は自衛隊の官僚の娘で、全国を渡り歩いていて標準語を話すし、身なりもかっこいい、頭もよくて目立つ、そんな人でした。

 60歳のときに、NHKのある番組で「姜先生、初恋の人に一度会ってみませんか」ということで、彼女を探してくれたんです。僕ももう60歳だし、会ってもいいだろうと(笑)。そうしたら、19歳のときに交通事故で亡くなっていた。その人を小説の中で蘇らせようと思って、「黒木」という名前をつけました。

 この小説ができあがるまでには、そういうトラジックな出来事がありました。でも、この話をただ話すだけでは、本にはならないと思うんです。(前編で)佐々木さんが、CMをつくるときに、顧客の目線で伝えるという話をされていたけど、やっぱり一度、客観性のフィルターを通さないといけない。僕はそれを「メタ」と言っています。自分が伝えたいことを物語に変えて読者に届ける、ちょっと無縁な作業ですけれど。